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混血

 実家に帰っているので、そこから話題を。

 周りには自分と似た人間が少ないと、子どもの頃から思っていた。
 宇治市内どころか同じ学校区内に母方の実家があるわけだから、土地に固有の顔だちを半分以上はしているはずなのだが、母方の祖母と私は本気で似ていない。祖父を見てもそう思う。その私に、宇治一筋で半世紀以上の母がこう言った。
 「アンタは(父方の)名古屋の顔や、鼻筋が通てるさかいに。」
確かに父もそうだし、父方の祖父の遺影を見ると、指摘の通りに同じ特徴が見られた。妙に睫毛が長いのも、手が長いのもみな父系の遺伝らしい。
 血は争えない。名古屋系京都府人、国籍をまたがずとも俺は混血児だ。

 逆に、純血だとか生粋だのと言い張る人もいるが、その定義はどうも曖昧である。
 3代続いて住み続ければ江戸っ子。これはわかりやすいから、愛嬌にもなる。京都中心部のように厳密な血筋家柄を求めるものでなければ、まあ5、6代ぐらいその土地に住み続ければ「地の人」だし、国際レベルで見ても、それぞれの国や地域に属する戸籍を持ち得ることになろう。
 日本の国籍法にしても、日本国民と婚姻するか、そうでなくとも一定期間すめば帰化できるし、自由の国アメリカはもうすこし基準が甘い。(というよりも、アメリカは出生地主義をとるため、誰の子であろうと、米国内で出生すれば、その子には国籍取得権が付与される。対して、日本は血統主義で、両親のいずれかが日本国民である必要がある。)
 国籍のことを考えると、また「純血」の存在がわからなくなってくる。本人がその気になればどこの土地の人間にでもなれるのだから、純血は「先祖代々に渡って一つの土地を動かなかった」というぐらいしか規定できないのではないか。そう、人間は誰もが混血だ。そう思いたい。

 それでも、あえて純血の定義をあげるなら、「宗教とか習慣がその家系において全て一致している」人といえるだろうか?。・・・というよりも風貌が違う人間同士の子は混血なのだろう。やっぱり、単純に考えるべきだ。ああ、「やっぱり俺は混血児や」という結論に戻るのか・・・云々。
 ここまで、『厳密には純血はいない』と言いたかったから、ここまで書き並べてみた。大体、日本人だって、朝鮮(韓)半島や台湾、ポリネシア、ロシア、モンゴル、イスラエル!?…いろいろなところから混ざっている。寄せ集めだ。手の長い俺もその子孫だ。だからこそ、周りに似たような顔をした人間がいないのは当たり前だったわけで、単一民族と言うフレーズにはさすがに疑いを感じる。

 日ごろより、民族派的と捉えられる言動が多いのだけど、民族の定義が怪しい以上、どうすれば周りの『人』や『土地』にとってふさわしく、良いことなのかと考えるようにしている。間違って、自分のことを日本人の『純血』だなどと思ってしまえば、純血を判断するための妙な基準が生まれ、くだらない理由づけで人々を『異種』とか『混血』として避けていき、己の器量が小さくなってしまうだろう。特にそれは避けたい。
 犬は雑種の方が病気に強いと言うし、美人が多いといわれるのは決まって混血の多い地域だ。中南米なら、スペイン系と現地黄色人種の混血メスチーソ。秋田美人なら、ロシア系との混血が考えられる。あともう一つ、混血児は複数の言語や文化に触れられる僥倖にめぐまれよう。いずれもよく言われる長所だ。
 混血を嫌うのはもってのほかである。私は自分の土地を愛するとともに、土地を越えた交わりも好きだ。たとえ好まざれとも、これから数十年のうちにそういう時代がくるだろう。

 さて、正月が来た。我が実家は京都府宇治市だが、雑煮はすまし汁に角餅、はたけ菜を添えて鰹節パッパッの名古屋風だ。しかし、一味違う。薄口濃口、両方の醤油を使っているからだ。
 関西は薄口、関東は濃口が主流だから、父方の名古屋の習慣で両方使うのだろうと思っていたら、
 「あれは私の工夫や。」と母は言う。薄口地域育ちの母が名古屋の濃口習慣を取り入れて、個人的に両方を合わせる技をいかしていただけらしい。

 何と、俺は混血?の醤油で育てられていた。

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