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外来語にすがるのは…

 先日、自由の森大学・冬季特別講座に参加してきた。
 中でも、山田宏杉並区長のご発言を思い出している。中央キャリア官僚のお仕事は翻訳が中心だった(というか今も)らしい。


 明治維新以降、アメリカ文化の吸収と普及こそが政府の役目であり、そうすることによって生活が向上するものと思われていた。つまり、翻訳力に長けることが中央官僚の条件で、日本語化された技術やアイデアを都道府県知事は標準語から方言に訳し、市町村長はただ従っていればよかった。
 しかし、1985年(注:プラザ合意とバブル開始の年)ごろを境に、日本がアメリカから見習うべきことはなくなってゆき、自ら方向性を決めてゆく必要に迫られてきた…だが、中央官庁の翻訳による他国(他者)からの借り物体質は変わらず、いまだ施策を独創できない弊害が続いている。
  (以下、ほかの講師陣からの言葉の抜粋・要約)
 その証拠に拉致問題専門窓口(鳥取県)、外形標準課税(東京都)など、地方公共団体が先に始めたものを中央官庁(内閣府、財務省)が後で取り入れるケースが増えている。マクロ(ていうか西欧諸国)からミクロへ。の流れだったものが、最近ではミクロ(現場、地域)からマクロへの流れに逆転しつつある。

 そんな内容だったと思う。私はむろん同感である。
 アイデアは米英に頼っていればよかったのであり、元来東洋になかった思想や機構技術を一つでも多く移植できれば、国内では賞賛・納得されたのだ。これで、英語(だけ)を勉強してしまう人の多さが説明できると思う。だが、しつこいようだが、それではもう間に合わない事情がわが国には存在する。
 そもそも欧米特にアメリカはキリスト教など一つの神(天主)を絶対的にあがめる宗教が大きな勢力をしめており、日本や東アジアのような自然崇拝を含めた複数を崇拝対象にする文化がない。前者は「同じ神を信じている」前提があれば、神の下での契約や原則がどこまでも通用する。だが後者は神も仏も精霊も相対的で共通性がないものだから、わざわざ人同士が会って信頼を深め合わねば取引が成り立たない。3分に1回も新幹線が走っているわが国の姿はその象徴である。
 もう一つあげておくと、日本では言葉そのものをも神のように扱う文化があるから、最悪の事態を予測した結果などを説明すると、「その通りになるではないか」と忌み嫌う習慣が今でも残っている。欧米にこの習慣はみられないから、危機管理に強いとさえいわれる。いわゆる『言霊信仰』だ。
 以上のように、商習慣(商法)の違いや言葉の扱い方など、随所にその違いがうかがえるわけだ。自然風土に関係なく通用する科学技術や政治機構その他はほぼ翻訳してしまった今、一定線の豊かさを得ているわが国。これ以上新しいものは自分で考えていくしかない

 まあ、それぐらい違う文化から発想を借りてくるのだから、翻訳できない言葉があるのは当たり前だ。私の業界(IT系サービス業)であればプロトコル【protocol】というのがそうだ。これは、聖書用語で『取り決め』とか『協約』『作法』というような意味だと言えば「ああ、そうか」とうなずいていただけるだろう。
 あの京都議定書も【KYOTO PROTOCOL】である。→国連の公式サイト
 通信用語ではそのまま移植。政治(環境系)用語では「議定書」と翻訳。なんだかおかしいものだ。やはり無理がある。いつも思うことだが、外来語をそのまま使うことで『俺は偉いんだ』という気分に浸れるからではないのだろうか。まあ、これは舶来コンプレックスの悲しさであり、一種の『言霊信仰』だと片付けてしまえばそれまでだが。

 ある学生系NPOでの話だ。HPの団体紹介についての議論である。

 代表:『団体と団体がエンパワーメント※(それぞれの力が最大限発揮できるように)するのをサポートし、』っていうところなんですが、このエンパワーメントの用法が違うような気がする。(中略)まあ、英語を、日本語の中に入れること自体が問題あるのかもしれませんが、大好きな言葉のうちのひとつです。  ※筆者注【enpowerment】  A君:(というよりも)わざわざ説明しないと分からない単語を使う必要はないと思いますが?“エンパワーメント”なら“それぞれの力を最大限に発揮できるようにすること”とすれば済む話でしょう。(中略)  ヘタに定着してない言葉を使うと、読み手が分かりにくいだけじゃなく、その意味の解釈に個人差が出て、共通の認識ができなくなってしまうんちゃうかなぁ?  代表:だけど、この言葉、多分、日本語には訳せない単語でしょう。勇気づけるとか元気づけるとかそういう意味もあるはず。「後ろから背中をそっと押す」みたいなイメージがあるなあ。まあ、こんなこと、英語のわからん俺がいってもしゃあないか。○○さん。よろしく。  筆者(隠居):逆やないかな?外来語の解釈じたいはともかくとして、日本語を書く場合は、外国語が分からない人の意見のほうが重要かと。(中略)大体、今使うてる言語から表現を探すのが順序で、外来語から借りてくるのはその次かと思います。  代表:外来語の件は日本語でいきましょう。まあ、英語も面白いと思うのですが、でも、確かにA君の意見も一理あるので。  しかし、余談ですがエンパワーメントっていう言葉は、なかなか、近似した日本語はあれどなんか違いますなあ。感覚的に近似している気はするけど一語じゃないもんなあ。

 きれいにまとめたがるがゆえに外来語を使うというのも、わが国の伝統だろう(上記の代表が、今春から広告代理店勤務だということを考えるともっともだが)。それが、漢語からカタカナで表す欧米語に変わったと考えれば、案外わかりやすいかもしれない。
 でも、なんか安易だ。長くなろうとも、日本語(和語)で表現すればいいではないか。

 先述の自由の森大学・冬季特別講座で、学長の筑紫哲也氏が、『グループホームというが、高齢者にはわかりづらい表現ではないか』と、民主党の山井和則代議士に質問されていた。山井氏は返答に困り当初は話をかわしたものの、議論の終わりには厚生労働省の和訳用語の難しさを挙げて説明された。
『”指定痴呆対応型共同生活介護”と言われても分かりますか?』
  →厚労省の関連ページ
 専門の代議士でさえ忘れそうになる官僚の訳語である。「おまえらやる気あんのか」っていいたいけれど、『ぼけ老人寄り合い介護』というのでは、こんどは依頼者である中年層以下がとっつきにくくなるろう。ほかにもゼウスを「神」と訳してしまったことなど、翻訳の難しさは枚挙にいとまがない。

 外来語をあえて英語でいうと【loan word】という表現もあるそうだ。要は借り物というわけだ。その点をわかって使う上では、問題がないだろう。格好をつけるために使うのでなければ、外来語が生活を潤すことは少なくないのだから・・・。
 と、合理的な判断を出したつもりではあるが、言葉自体が借り物では「自分のもの」になった気がしづらいのも人情だ。ここは『言霊信仰』の長所を生かして、なるべく日本語に近い表現に置き換えていく。その置き換える過程において、わが国の気候風土にあったものに変えてゆけば良い。借りてきてしっかり応用すれば良い。
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 最後に国立国語研究所が昨年の暮れに発表したという、外来語の言い換え例のリンクを載せておく。

 国立国語研究所「外来語」委員会の中間発表
 国立国語研究所「外来語」委員会

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