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小泉さん、弱みを握られている??

 正直いって、小泉首相は日本国外の権力に守られているようにみえる。それに、彼の醜聞は年金疑惑だけではない。
 ネット上の風聞でしかないけど、若い頃から虐待趣味があるらしく、遊びで首を絞めてみた芸者を殺してしまった過去があるとか。離婚の原因もそこにあるとの噂だ。
 仮にこの小泉君の救いがたい過去が事実として、アメリカ当局に握られてしまっているとすれば、小泉君が極端に従米化している説明もつきやすくなる。マスコミや警察検察あたりが一番怖いのは、赤坂の大使館だから・・・小さなマスコミになればなるほどイラクやその他の惨状が厳しく伝えられている状況を見ても、アメリカに遠慮して情報を提供せねばならないマスコミ各社の苦悩が伝わります。「Array(連合軍)」を「多国籍軍」と言い替えて、敗戦国民である日本人の感情を反米に向けないようにしたりとか。一部は喜んでそうしてるのだろうけども。
 過去に弱みがある奴がトップに立つとこうなるって、見本かもしれません。
 アメリカからすれば属国の長として扱いやすいということで、いざ自分たちに反逆する行動をとれば、マスコミや捜査当局へ暗に「許可」をあたえれば、楽に小泉君を潰せるという構図です。
 森さんのときは醜聞が聞かれたけれど、小泉君にはほとんどみられないというのはおかしい話なので、ちょっと疑ってみました。

 トラックバック送信先(29日補筆)。
 小泉のレイプ疑惑訴訟
 コイズミはなぜ逮捕されねーのか?

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祈・竹中平蔵落選or低得票

 アメリカの代理人でおなじみの竹中平蔵先生が、こんなことをおっしゃっていた。

 【ソウル2004年6月13日時事】韓国訪問中の竹中平蔵金融・経済財政担当相は13日、ソウル市内のホテルで記者会見した。最近の長期金利の上昇について竹中担当相は「日本経済の回復期待に基づく肯定的な兆候で、悲観的兆候とはみていない」と語った。ただ、今後の動向に関しては「注視すべき重要な問題」と指摘した。 (時事通信)

 長期金利とは10年物国債の所有者に対して支払われる利子率のことで、中長期的将来の景気動向を探る基準とされる。国債は国の借金だから、利子が上がる要因をまとめると以下のとおりだ。

  1.将来の税収=景気の上昇に期待がもたれるため
   (もっと稼せげるから借りた以上に返せるよってこと)
  2.借り手=債務者(国)に信用がないので、
   貸し手=債権者(国債の購入者)の出資欲を誘うため

 このような全く逆の要因で長期金利があがるケースもあるのだ。竹中先生は自分が(日銀ドル買い・米国債買いや、米系資本の金融機関・企業乗っ取りその他を促進することで)日本経済の足を引っ張っていることを隠すべく(いや自覚無く)、責任回避のために「肯定的な兆候」とおっしゃったのだろうが、今回の金利上昇はどう考えても2.としか思えない。少なくとも、債務残高が増えている癖に米国債をさらに買うようなアホな連中にさらに金を貸し出す気にはなれない。あともう一つは1.だと勘違いさせるための金利上昇もあり得る。あ、結局出資欲を誘うためやし、やはり2.だ(苦笑)。
 難しい経済論理ではなく、一般人同士で金の貸し借りするときの判断基準を思い出せばよい。利子が高いのは、儲ける可能性が高いか、信用がないかのいずれかなのだ。こんな子供だましで、逃げ切ろうとする彼なのに、なぜか多少の人気はまだあるらしい。もっとも、最近は「急な金利上昇は懸念される」とのたまわっているそうだが、日銀の福井総裁(彼も代理人の可能性が)の弁を引き継いだだけかもしれない。

 阪大教員時代のセクハラ事件など、竹中先生は小泉君同様に弱みを握られているらしいが、面倒くさいのでここでは述べない。さまざまな竹中批評サイトへのリンクを貼り付けておくので、お読みくだされば幸いだ。しかし、あまりに批判が多すぎる…まあ、マスコミなどの公共系サイトは総じて応援(ていうか、批判回避)だから、ここで挙げるまでもないやろうけど(苦笑)。

 どうか、日本国民の英知を祈りたい。

竹中センセイ批評リンク:
 政治経済本質情報-誌紙論評
 渡辺喜美代議士-竹中金融政策は間違っている!
 2ちゃんねる:「平成のポルポト」竹中平蔵を引きずり下ろせ
 竹中平蔵先生を応援するページ
 
トラックバックの送り先:
 親日派のためのコラム(仮)-参院選の前に・・・・・
 

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エリートのフリをするな。(司馬先生の警告?)

 司馬遼太郎氏の作品でも「坂の上の雲」は好きな一つだ。
 物語は伊予松山に始まり、俳句から現代文を確立した正岡子規、その友人・秋山真之と兄の秋山好古が海陸の将として日露戦争に臨むまでを描いている。題名からして、明治のエリート達がいろいろと思索を練って必死に生きている姿を想像させる。責任を持つ個々がそれぞれに働き、なんとか日本の骨格を向上させた時代といえる。

 そこで、司馬遼太郎を批判する一文を目にした。
 Snobist Club 孤言的時評-司馬遼太郎的言説の限界

 司馬さんは大正のお生まれで、いわゆる明治憲法下の教育を受けた人物である。多分に明治エリートの美風も残っていただろうし、憧れがあったことは言うまでもない。「坂の上の雲」は、己の力を知り適切な対応をとろうとした、明治人たちの生き様を称えている。
 秋山好古陸軍大将(日露戦当時は中佐ぐらいだったか)の晩年、孫達に戦争時のことを聞かれて、

 「おじいちゃんは負けてばっかりだったよ」

 と語った一節が「坂の上の雲」にある。好古は騎兵科を専門とし、体格のよさから西洋馬もよく乗りこなせたらしい。しかし、満州の戦場に日本軍の少ない軍馬ではあまり効果が無く、偵察要員として利用する以外に馬の機動力を生かす場はなかったらしい。さらに騎兵隊が時代遅れになりつつある事情もあり、この10年後の第一次世界大戦では戦車が登場するぐらいである。
 それで好古は当時の最新兵器・機関銃の配備をおこない、コサック兵に襲われるたびに、馬から機関銃を下ろして掃射する。そうやって戦闘力の不足を補い、なんとか戦線を支えた。騎馬の特徴を生かしたいという思いよりも、まず欠点を見極め、負けない対策を練った。秋山好古という人物の冷静さ、ひいては明治のエリート達が持つ責任感が「坂の上の雲」の屋台骨となっている。

 こうした上で、日露戦後の指導者達が勝ちに驕って、冷静な判断力を失っていく様にも触れており、明らかに現代人(昭和人)への警告が見受けられる。
 この警告が大変重要なはずだが、多くの読者諸君は自らの姿を秋山兄弟や正岡子規に当てはめることに終始し、己の力量や取り巻く環境の厳しさを忘れる効能のみを利用した。これでは日露の戦勝に酔った指導者たちと同じではないか?気が付けば、逆効果になっていたのだ。

 司馬さんはお気づきだったのだろう、映像化を許さないまま、泉下の人となられた。

 映像化されれば、戦闘場面がより強調され、たとえばロシア帝国の迫害を嫌ったユダヤ人からの資金供与、あるいは大英帝国の思惑や明石元二郎の革命煽動などの、他からの働きかけが埋没してしまう状況を予想したのだろう。
 ただの戦争モノ、それが「日本はよく戦った」との印象・いや精神論が表に出すぎては、周囲の環境(社会・自然)や時代の流れによる後押しを忘れがちになる。なにより、秋山兄弟や子規の苦心とその後の指導者の対比が弱まり、『警告』の効果が薄れてしまう。

 幸い、映像化による害?は免れたが、エリートの立場だけを夢見て、エリートが背負う責任や義務付けられる冷静な判断力を忘れる人々が後を絶たない。司馬さんはそこまでは言ってないが(言って欲しかったが)、民間の子規、政府側の秋山兄弟をとらえることで、襟を正して欲しかったのだろう。

 エリートの立場は、その他よりも大きな影響力を手にすることが出来る。官僚・政治家のほか大企業の役員管理職、学者評論家もそうだろう。
 この中で私の身近な存在は「大企業の役員」だが、どうもその「立場」のみを喜ぶ方々が少なくない。新技術を取り入れたさに予算や顧客への安全を無視したシステム担当役員の暴走、あるいは親会社からの点数(目標管理制度による)を稼ぎたいがためにオフィス改装を繰り返す総務担当。まあ、某大臣先生あたりよりははるかにマシだけども。

 疲れてきた。目先の欲が強くなりすぎて後先を忘れる人々、特に50代の方々に…。

 30年前、「坂の上の雲」からの警告を受けた若者はそう多くはなかったと思われる。
 当時はオイルショックが前後したとはいえ、高度経済成長期の最中。富める時代に厳しさを求めるにはあのような文章になったのだろう、「坂の上の雲」を書いた頃の司馬先生の難しさがしのばれる。

 追伸:NHKがドラマ化を予定しているそうです。ご夫人が映像化を許諾されたらしいけど、どうも危ない気が…

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アメリカに感謝すること。

 タイトルが、これまでの内容とは逆になってしまったが、その通りなのである。
 株式日記の6月18日付けコメントから引用する。()内は私の注釈。


当時の日本国民もどうして日露戦争を冷静に見る事が出来なかったのだろう。ポーツマス条約で(アメリカの後押しによる)講和が出来なければ日本軍はロシア軍に負けたのは間違いない。無敵日本軍の神話を勝手に作り上げ国際情勢を冷静に見る目を失ってしまったのは、当時のジャーナリズムのせいだ。

そのような癖は現代でも治ってはおらず、戦後の高度経済成長は大蔵省や通産官僚の経済政策が優れていたからと言う神話が作られ、アメリカが陰に陽にバックアップしてくれたことを忘れている。バブル崩壊以降の日本経済の低迷もアメリカの政策が「日本叩き落とし戦略」に変わったからですが、大蔵省や通産官僚が優秀だったのならとっくに経済は立ち直っているはずだ。

これからもアメリカの対日政策は厳しさを増す一方だろう。戦後の一時期は政治家や官僚にとっては天国のような時期で、アメリカの言いなりになってさえいれば万事順調だったのですが、その事が忘れられずに日本の権力者達は親米でありさえすればすべて上手く行くという神話にとらわれている。

かといって、アメリカと敵対せよというわけではなく、是々非々で付かず離れず面従腹背で、したたかな計算と打算でアメリカと協力していかなければならない。しかし日本の政治家や官僚にそれだけしたたかな外交ができるかというと無理かもしれない。以前の日記でアメリカはヤクザの親分と思えばいいと書きましたが、忠誠を尽くすように見せかけて自己の利益を図るしたたかさが必要だ。

 どうしても勝てない相手に恥をしのぶというのか、現状から離れて己の範囲(日本国内)の中だけで威張ろうとする輩が少なくない。「夜郎自大」という熟語がある。中国大陸の片隅で、中華帝国と接することがなかったため、自らが一番強いと思い込んでいる少数民族”夜郎”を指していったそうだ。戦国時代で言えば、最盛期の信長や秀吉、あるいは関ケ原後の家康を知らずに強がっている、地方の小大名のようなものだろう。
 強きに巻かれて生きる方向性もアリだと思う。しかし、その劣った立場を自覚して生き延びようとするから現実的なのであり、今の日本のように「植民地である現実」から離れた対応を続けると、さらにそのプライドにつけこまれるのは間違いないだろう。
 例えば、背後に武力をちらつかせて、「(アメリカによる)世界基準に合わせてください」と頭を下げられたとしよう。武力への恐れを忘れようとするから、「頭を下げられた」友好的な態度だけを見てしまう。それで、「はい、わかりました」とアメリカの都合にいい会計基準などを入れられてしまい、一気に財務状況の悪化した会社は株価が下がり、気が付くと乗っ取られてしまう。
 ここで、逆に「アメリカ様にとってはこっちが利益がありますよ」と提案して、日本にも都合のよい圧力に摩り替えてしまう必要もあるだろう。もちろん、これまでの経済成長への感謝を忘れずに態度に出しながら。
 そういった駆け引きができないから、日銀による年間数十兆円単位のドル買い支えとか、単純な対策に陥ってしまう。わかりやすい形で国富が太平洋の向こうへ吸い上げられる。もっとも、アメリカを富ませ彼らの購買力を上げることで、トヨタ・ソニーなどの製品を売りつけようとするのはわかるが、これでは、一部の輸出産業しか儲からない。やはり言いなりだ。
 もっと、言い包めてしまえばいい。政治家さんのサイトを見ていると、例えば渡辺喜美さん(ミッチーのご子息)など、バランスの良い考えをお持ちの方は結構いる。だが、現状をみているとやはり官僚や一部政治家(自民党森派など)の動きがおかしいとしか思えない。その一部がこれだけ力を持ちえるのは、「アメリカ怖さ」を潜在させている周囲のせいもあるが、アメリカが政治資金がその一部に渡していたり、あるいは弱みや秘密を握り続けているからとも考えてしまう。
 だからこそ、「こうすればアメリカ様のためになりますから」といいながら、日本のためになる政策をやればよいのではないか。竹中さんのような、ワシントンから派遣されたかのような態度を取る人でも納得がいくような(米政府から切られる恐れを抱かせないような)言い方があるだろう。反米、恐米、従米と極端な態度はいけない。利のあるところでは組し、そうでなければだまくらかす。そういえば、15年ぐらい前の政治家は心得ていたように思う。そんな気がしてきた。

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