« 左からは「右」と、右からは「左」と言われる俺 | トップページ | ノミの心を大切に。 »

来年、30歳です。

 年齢を聞かれた時、あえてそう答えるようにしている。
 20代前半のころからそうだったが、十年区切りの年齢枠を考えないようにしてきたからだ。確かに、社会現象からうける影響の違いとかあるいは生理現象の差として、30歳や40歳が区切りになるのだろうが、個体差もあるうえに、寿命が延びて精神的に成熟する年齢が高くなった今では、あまり意味がないように思う。
 
 恐いのは、「40代だから○○」とかいって、上の世代を無下に排除する発想だ。(もちろん、下の世代を排除する発想も危険)
 以前の記事でも申し上げたように、温故知新のうち、「知新(温故)」しか考えない人々は少なくない。そういった人間が社会の一定比率を占めるのは自然だし、一時的にそうなったほうが都合の良い時が少なくない。だが、ここ数十年(ていうか私が物心ついてからずっと)のマスコミとか教育の動きが、なるべく上の世代(下の世代)を見せないように、あるいは否定するかのごとく誘導しているように見えてならない。
 仮に「前世代(次世代)否定症候群」とでも呼んでおこうか。

 ※注:以下文中の「前世代」を「次世代」と読み替えても、意味が通じるはずです。

 前世代否定といえば、同世代グループの存在があげられる。全くの友だちづきあいや情報交換レベル、あるいは学校内なら同世代グループの効能は大きい。気になるのは、社会改善や変革を唱えているグループが、参加者を年齢限定としているケースだ。
 同世代でしかできないことも多いし、特に私より若い世代はどしどしやったほうがいい。それでも忘れて欲しくないのは、数々の社会問題の原因には、伝統を守りすぎた場合(企業でいえば、責任分散主義への固執)と、逆に伝統が破壊されておかしくなっている場合(企業でいえば、性急な成果主義導入)の両方があるという事実だ。もし、それらの同世代グループが前世代否定を大前提としたならば、これらの見分けをしなくなってしまい、同世代が組むパワーを生かし難くなる。実にもったいない話だ。

 何より厄介なのは、「前世代否定症候群」になってしまった方々は、当り前だが前世代人の助言に耳を貸さない。残念ながら、痛い目をみて気づくしかないのだろう。
 もちろん、前世代の否定が当を得ていてうまく行けばそれはそれで良い。大歓迎だ。だが、「前世代否定症候群」をもった連中が成功した場合、そのパワーに勝てない次の世代が「前世代追従症候群」になる危険がある。もし違う世代の発想に倣ってうまくいったとしてもたまたまに過ぎず、これからも続くとは限らない。あくまで、それぞれ時代の流れに合致した方法をとることが不可欠だ。
 要は今の時代にあわせつつ、新旧の長所をとる柔軟性をもてばよい。

 上であれ下であれ、世代の違いは重宝するのが良い。私自身は先輩にも後輩にも耳を傾け、時には反駁するよう努めている。(それにしても、「うるさい奴だ」との印象が強いようです…そらそうか。)

 ※28日22時ごろに公開しましたが、その後全面修正いたしました。

|

« 左からは「右」と、右からは「左」と言われる俺 | トップページ | ノミの心を大切に。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/17330/1301159

この記事へのトラックバック一覧です: 来年、30歳です。:

« 左からは「右」と、右からは「左」と言われる俺 | トップページ | ノミの心を大切に。 »