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ノミの心を大切に。

 今回は軟らかめで。ある大学時代の後輩に『お知り合いのNPOはありませんか?』と相談された時の話だ。

 事情を聴くと、NPOが集まるイベントに行ったそうだが、「コレがしたい」という志をもっていなかったのが災いして、それぞれの活動紹介ブースには足を運べなかったという。彼女はそんな自分を『ノミ心』と表現した。さらに彼女は活動をしたい理由を、『ある人の講演を聴いて、何か人の助けになることがいいな』と思ったからといいつつ、実は「仕事以外で付き合える人が欲しい』のが本音だと話す。
 正直な彼女は清明だ。ノミの心と表現したことに続いて嬉しく思えた。
 それで、仕事以外で付き合える人を探すなら、NPOで活動するよりもネット上の各種サービスをうまく使えばよいとアドバイスした。私の職業上、この手のことは支援しやすいうえ、話が早い。
 だが、彼女はネット環境をもっていないという・・・

 しばらく、返事を控えて考えてみた。
 無理して誰もが、社交的になる必要はないんと違うかと。

 『また流されるだけの毎日にならないよう・・・』という彼女の表現を思い出した。別の人脈を作って日常から抜け出すことだけが、流されない自分を作る方法ではないはず。むしろ日常を積み重ねて、仕事に余裕を作ることも流されない毎日に送る手段ではないだろうか。加えて「ノミの心」を肯定して、不利とは思わず長所と捉えるようになれば、それだけで安寧を得るはずだ。
 以上を踏まえて、こんな返事をしたと思う。
 『人脈の新規拡大といっても競争つまり攻めの姿勢やから、間違えれば味方を傷つけるし、自分の経験や信用を失うこともある。だから、ノミの心は大切なんや。周囲の人に迷惑をかけることは少ないんやから…。』

 第一に、冷静に小心を自覚していること自体が勇気だ。小心であれば力押しを避けて知恵が生まれるし、相手への配慮も育つ。学生時代から彼女はそういう節が所々にみられ、いまでは保育士(保母さんのほうが馴染みがあるけど)として複数の乳児の面倒をみている。
 であるなら、運用さえ間違わなければ大丈夫だ。
 作為的に活発になっても、ノミ心が彼女を萎縮させてしまうのはわかっているから、出会いを得るのは自然に事が運んだ時でいい。今度はノミ心が周囲への配慮を発揮して、順々に幸せをもたらすだろう。

 そう、願っている。

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来年、30歳です。

 年齢を聞かれた時、あえてそう答えるようにしている。
 20代前半のころからそうだったが、十年区切りの年齢枠を考えないようにしてきたからだ。確かに、社会現象からうける影響の違いとかあるいは生理現象の差として、30歳や40歳が区切りになるのだろうが、個体差もあるうえに、寿命が延びて精神的に成熟する年齢が高くなった今では、あまり意味がないように思う。
 
 恐いのは、「40代だから○○」とかいって、上の世代を無下に排除する発想だ。(もちろん、下の世代を排除する発想も危険)
 以前の記事でも申し上げたように、温故知新のうち、「知新(温故)」しか考えない人々は少なくない。そういった人間が社会の一定比率を占めるのは自然だし、一時的にそうなったほうが都合の良い時が少なくない。だが、ここ数十年(ていうか私が物心ついてからずっと)のマスコミとか教育の動きが、なるべく上の世代(下の世代)を見せないように、あるいは否定するかのごとく誘導しているように見えてならない。
 仮に「前世代(次世代)否定症候群」とでも呼んでおこうか。

 ※注:以下文中の「前世代」を「次世代」と読み替えても、意味が通じるはずです。

 前世代否定といえば、同世代グループの存在があげられる。全くの友だちづきあいや情報交換レベル、あるいは学校内なら同世代グループの効能は大きい。気になるのは、社会改善や変革を唱えているグループが、参加者を年齢限定としているケースだ。
 同世代でしかできないことも多いし、特に私より若い世代はどしどしやったほうがいい。それでも忘れて欲しくないのは、数々の社会問題の原因には、伝統を守りすぎた場合(企業でいえば、責任分散主義への固執)と、逆に伝統が破壊されておかしくなっている場合(企業でいえば、性急な成果主義導入)の両方があるという事実だ。もし、それらの同世代グループが前世代否定を大前提としたならば、これらの見分けをしなくなってしまい、同世代が組むパワーを生かし難くなる。実にもったいない話だ。

 何より厄介なのは、「前世代否定症候群」になってしまった方々は、当り前だが前世代人の助言に耳を貸さない。残念ながら、痛い目をみて気づくしかないのだろう。
 もちろん、前世代の否定が当を得ていてうまく行けばそれはそれで良い。大歓迎だ。だが、「前世代否定症候群」をもった連中が成功した場合、そのパワーに勝てない次の世代が「前世代追従症候群」になる危険がある。もし違う世代の発想に倣ってうまくいったとしてもたまたまに過ぎず、これからも続くとは限らない。あくまで、それぞれ時代の流れに合致した方法をとることが不可欠だ。
 要は今の時代にあわせつつ、新旧の長所をとる柔軟性をもてばよい。

 上であれ下であれ、世代の違いは重宝するのが良い。私自身は先輩にも後輩にも耳を傾け、時には反駁するよう努めている。(それにしても、「うるさい奴だ」との印象が強いようです…そらそうか。)

 ※28日22時ごろに公開しましたが、その後全面修正いたしました。

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左からは「右」と、右からは「左」と言われる俺

 タイトルの通り誤解が多い私は、常に極端を恐れ(嫌い)バランスを取ろうとする性癖があり、モットーにしている。『そっちも大切やけど、あっちも忘れんなや。』逆のことを言いたがる、要は天邪鬼(あまのじゃく)だ。

 不易流行、温故知新。この四字熟語は、古い要素から新しい今の状況が知り得ることを示している。が、最近の周囲には、「不易」よりも「流行」、「温故」よりも「知新」を唱える人が目立つ。新しきから新しきを知るというのだろうか。(米国流教育の影響は否めないがそれだけとはいい難く、高度成長期の残骸もあるのだろう。)
 時代のトレンド・はやりを追え、さらに新たなヒトやモノと接せよ…確かに良いことだが、これまで蓄積されてきた良い部分を無視して、全てを刷新するのは勿体無い。だから私は「不易」と「温故」をあえて言うのだ。だが、逆に「不易」や「温故」に世の中が固執しているならば、『新しいものを見なさい』と「流行」と「知新」を重く見よと言っているだろう。

 とはいうものの、自分でもバカなことをやっていると思う。当然、世の中全体を考慮すれば、ある一定数の両極端に寄る人物がいてバランスがとれるからだ。(世の中が変わるときには自然と多くなる。そろそろそう言う時代が来たのか?面白い。)
 自己弁護するとすれば、両極端になれる人数枠?はごく少ないから、自らの位置取りをわかってから動いて欲しくて意見をしているつもりだ。その後は、軌道修正するもよし、むしろ極端になるもよし。第三者からの物差しとして、私の天邪鬼行為を利用してもらえたら幸いである。

 バランスをとりたがる俺はそんな奴だ。損な奴だ。だが、あえてそうしている。表現力の拙さもあって、関係諸兄には不快な思いをさせることもあるだろうが、私のいたいけな愛情と思ってお付き合いくだされば幸甚だ。…って、甘えています、ごめんなさい。

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占領はまだ続いている…

 まず始めに、(特に外来の)世界標準に対して礼賛の視点しか持てないごく少数の各位には、当ブログをお読みにならないようお勧めする。文章の上であっても無用な争いは避けたいからで、痛い目にあうまでお静かにしていただきたい。
 
 さて本題である。
 沖縄県宜野湾市。市の中心部をごっそりえぐるように米軍普天間基地がある。500mしか離れていない沖縄国際大学敷地内にヘリコプターが墜落し、沖縄県警からの現場検証の要請が米軍に黙殺されたのは、つい最近のことだ。(だいたい「要請」せねばならない時点で、主権がないのだが)

 (毎日新聞 8/15)沖縄・米軍ヘリ墜落 同型ヘリ飛行停止、墜落で米調整官方針

 たまたま、アテネ五輪と高校野球で目立たなくなっているものの、この事件の重大性は大きい。
 「敗戦国への占領」が今も続いている、格好の証明となったからだ。
 自国領内なのに、警察が調査に入れない、お伺いを立てなければならない。ということはその国家(日本政府)以上の権力があるということだ。言うまでもなくアメリカである。
 
 『お前ら、護ってやってるんやから、好きにさせろ』というアメリカの地位を護るのが日米地位協定だという解釈はわかりやすい。同じようなことを、テレビ朝日の報道ステーションで古館伊知郎氏がおっしゃっていた。彼らしいわかりやすい口調だったと思う。早速、16日の同番組でヘリ墜落事件を取り上げたテレビ朝日は、報道に関してはよくやっている。いつ、赤坂の大使館からお呼びかかるか、心配なぐらいだ。

 『護ってもらってんだから、仕方がないじゃん』
 まあ、こういう考え方もある。…って、ちょっと待ってくれ。仮に日本がアメリカ51番目にして人口最大の州で、最大の大統領選挙人数を握っているのならば、話がわかる。間接的にでも米軍をコントロールできる立場にいるからだ。だが、普天間など沖縄を中心に展開するあの兵力は、沖縄県民・日本国民が選んだ代表人がコントロールできない存在だ。国際条約ができる以前、つまり本来の姿はあくまで外部からの侵入者である。(経済的事情など、自然に移住してきたのならわかるが、どう考えてもそのような解釈はできかねる)
 その侵入者に60年間居座られて、しかも主権が及ぶとされる地域での事故への調査を禁じてしまえるような、国際条約が有効になる状況は、戦争に負けた後の国の姿だと思えばすんなり理解できる。

 負ける戦争なんかしなければ良かったのだ。いや、勝てる戦争も徹底して避けるべきで、存在してよいのは、やむを得ず守る戦争だけである。

 私は憲法9条擁護派だが、厳密な意味での「不戦」が成立するとは思わない。いくら外交でうまくやるといっても、わが国のような経済力もある国は、暴力で財産を奪おうとする輩(北朝鮮やインドネシア近辺の海賊に限らず)はどうしても現れよう。だが、全ての人々が外来の暴力から身を護る術があるわけではなく、その代わりをしようというのが自衛の戦力であり、まじめに生きている、しかも争いを好まない人間が泣きを見ないための担保だ。この担保があいまいなままだから、宜野湾市の住民も米軍におびえながら、基地の周辺に生きている。(基地経済にあやかっている面もあるだろうが、本来はそれ以外の生計があって欲しいはずだ)
 今は時期尚早だが、自衛の戦力を肯定する意味では、憲法9条2項に限って考え直す日がくるだろう。時期尚早なのは、今の時点で自衛隊を合憲にしてしまえば、堂々と攻めの戦争ができると勘違いするバカが多数いるからで、かつそれを望む外国勢力がいるからだ。バカは小泉や森・竹中(ただし彼は外来の世界標準に酔って屈しているだけかと)とその周辺、外国勢力は言うまでもない。
 
 外国勢力。確かに戦後すぐは、最低限の自衛力すら持てない経済状況だったし、自前の備えを捨て、経済発展をとり、米軍の常駐で補う策をとったのもわかる。アジアに拠点を持てたアメリカが、その見返りなのか敵視されたくないからかどうか、経済発展に寄与してくれたのも事実であり、感謝しなければならない一面だ。
 やがて自前の自衛力をもつ経済力も充実し、敗戦後占領の役目は終えつつあった。そのうえ、米国型資本主義の敵対勢力・ソ連が崩壊したため、常に複数の大兵力を動員できる「二正面作戦」を捨てても良い状況になった。頂点に立つアメリカとしても、本当の意味の自主権をとりもどしたい(たかった)日本としても、在日米軍は撤退させて、最低限の自衛力としての自衛隊を確立しても良い頃合が来たのは十数年ほど前である。実際、橋本内閣時代、敷地の返還(といっても沖縄県内移設)で日米両政府が合意した。だが7年のうちに返還の話が、居座りつづけてすで8年が経つ。虚栄心の塊といえる中国・江沢民体制(反日洗脳教育でおなじみの)が続いているのもあるだろうか、依然として撤退の声は聞かれない。

 となると、頂点に立ったアメリカが謙虚さを失ったとしか思えない。敵対する相手が減ったにも関わらず、拠点を減らせずにいるのは、どうしても戦争を求める構造から抜けきれずにいるからだ。もっとも、大資本や一部の宗教原理主義者に煽られつづける、救いのない国内状況は理解できるが、自業自得でもある。古きよきアメリカのころから彼らを肯定・助長する背景があったのだから。
 自由で強くて楽しいアメリカを築いた代表選手が、ヨーロッパを逃れた敬虔なプロテスタントたちと資本家(ユダヤ系?が多くみられる)だ。しかしそのまじめさが究極になれば、自分たちの行動規範が絶対であり「世界標準」と思い込むようになり、外部にもその標準(経済や文化)を広めようとするおせっかいが、やがては他教徒や他の経済圏に対する排撃にエスカレートする。気がつけば、まじめな人を護る自衛の戦力であったはずの軍隊は、まじめな人が別のまじめな人を襲うための暴力手段になった。経済活動を護るのではなく、破壊する手段に…
 70年以上前は孤立主義を保ち戦争を嫌ったアメリカが、今ではなんとも恐ろしい話だ。
 これは、まじめな明治大正人が変化した、日本の戦時中にも似ている。行き着くところまで行かないと気がつかないだろう、それまで待つよりない気がしている。

 やはり、占領は続いている。
 敗れたからだ。それも相当の挑発があったとはいえ、こちらから仕掛けた戦争の結果が今でも響いている。多くの先人が死地で際立つことで意地は見せられたものの、負けは負けである。戦争は戦争だ。

 奇しくも、一昨日が終戦記念日だ。あらためて全ての戦死者、犠牲者各位のご冥福をお祈りする。


※以下、その後の新聞記事( 8/18追加)

地元
沖縄タイムス -トップページから関連記事へのリンクが豊富
琉球新報 -リンクをたどれば、関連記事読みやすし

日本全国
(讀賣新聞 8/17)ヘリ墜落事故…米軍、沖縄県警との共同検証を拒否
(産経新聞 8/17)米軍、現場検証を拒否 米軍ヘリ墜落事故
(日経新聞 8/17)ヘリ墜落事故、米軍が沖縄県警に現場検証拒否の回答
(朝日新聞 8/17)米軍ヘリ墜落、沖縄県議会が抗議決議 8市町でも

米国
NewYorkTimesの国際面アジア欄 -それらしい記事へのリンクは見当たらず。
CNNの国際面アジア欄 
以上2サイトいずれもが、過去記事検索で"Japan"を指定しても、関連記事見当たらず。
ここ1週間ほどで表示されるのは、経済系か五輪関係がほとんど。
事件記事に限れば、むしろイスラエルネタが目立つぐらい。当たり前か(苦笑)。


参考リンク
天木直人・マスメディアの裏を読む/夏休みを理由に面会に応じなかった小泉首相

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僕らが固いネタを書く理由

 オザケンの曲名みたいなタイトルだが、要は「なんでこのアホは、固い話ばっかり書くねん」という疑問に答えたい。
 ふつう、ブログはこれまでの日記サイトに代わるもの、あるいはWebサイトを立ち上げる過程を簡便化するものとされている。
 私としては前者の日記に近く、その折々の社会世間に対する考えを書き留めるメモ帳として使っている。それに、今の私の立場をもって誰かを相手に演説しても、まさに『ただのアホ』と思われるか、『ウザい』と思われるのが関の山だ。それで、書き物にして良かったら読んでやってくださいとすることで、人に見られる緊張感だけは得ようとしている。結局は自分のために書いている。
 ただし、私生活を綴った内容ではないから、日記とはいい難い。日々の生活つまり行動記録などというものは、いちいち公開するものではなく、それが自発的に報告したものでも、周囲から監視されているようで気分が悪い。(もちろん、セキュリティ上の問題もある)確かに、私生活のなかで露出したい部分だけを書き出せば、自分を良く見せることもできるが、あまり好かないのでやめておく。なにより、私は美化行為がとてつもなく苦手だ。
 また、多くのブログ利用者各位が日記を書くことがストレス解消になるのに対し、私にとっては持論をぶちまけることがまずストレス解消となる。結局は自己満足のために書いており、固い話題のほうが好きだからネタに選んでいる。

 自己満足、持論の直言。いずれも特に職務上避けるべき行為だから、日常生活では抑えている。その安全弁が、ブログであり、また貯蔵場所でもあるというところか。まあ、いつかは役立つ日も来るだろう。
  

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地方移転したほうが良いもの-大学、球団…

 プロ野球再編問題がもりあがっているが、特にパ球団における不採算の要因は人口密度や文化配分に伴わない球団の本拠立地にあるだろう。近鉄にせよロッテにせよ、近くに人気球団があるだけでなく、その本拠地との距離が遠くない。(大阪ドームなどは、そのうち完成する地下新線の最寄駅に阪神電車が乗り入れるぐらいだ。)

 ちょうどこのような記事を目にした。
 少子化を防ぐには大学の地方移転

 大学分布の偏りが、そのまま若者分布の偏りになっている。確かにそうだ。多くの若者が繁栄や情報の集中にあこがれ、あるいはやむを得ず都会に出てくる。あこがれにせよ、やむを得ずにせよ、一定線の生活ができる財力があるなら良いが、そうでない学生の生活は悲惨である。貧乏を喜ぶほほえましい若者は減り、その収入格差のせいで、『周りと同じ遊びができない』と自ら卑下し、あるいは孤立化し、そのまま就職適齢期?を迎える例も少なくない。
 だったら、もともと地元にいればよかったのではないか、と思う。
 しかし、文系大学の卒業者を迎えるような就職先は少なく、その意味でも「やむを得ず」一時の貧を覚悟してでも都会に出てしまう。(コールセンターの地方移転・誘致が進んでいるのは、高い文系教養がある労働力が簡単に安く手に入るから。大して能力に差がないのなら、定着性もコスト面でも悪い首都圏よりも地方移転を選ぶのは当然か。)京都府内の移動で済んだ大学時代はわからなかったその悲しみが、数年以上の歳月を東京で過ごしてようやくわかるようになってきた。 

 その一方で、地方大学に入学し、そのまま居着いた若者もいる。
 幼馴染が通った四国の某国立大学の話を聞くと、近畿圏出身ながら地元の薬店に就職したり、教師になったり、あるいはバイト時代の縁をそのままに社員になるなど、大学4年間といえども育まれる地縁の強さは見るべきものがある。
 であれば、大学分布を見直した方がよいのではないだろうか。少子化にしても、まだ近所のおっちゃん・おばちゃんが助けてくれる地方の地域社会のほうが、子どもが育てやすいだろうし、保育園の入園待ち以前で解決できるかもしれない。
 自分がまさに集中地域を渡り歩きその恩恵を受けた存在でありながら、地方移転を望むのはどうも矛盾しているが、だからこそそうして欲しい。選択肢は少しでも増やした方が良い。弱まってはいるが、「まず東京を」の一点を見る発想を捨てないと、これからやってくる新しい状況を多角的に見られなくなる。一点視(憧れ・羨望)が若者の頃から養われたものであれば、なお危ない。

 昔の彼女を一言を思い出す。
 「こんな都会にも工場が建ってるのねえ…土地高いでしょうに」

 地元への誇りと、東京圏や京阪神圏に対する憧れとのコンプレックスもあるだろうが、地元と中央の両方を見られるという意味では、まさに多角的な視点である。

 やむを得ず?東京に住まい続ける私は、そう言い放つ彼女がうらやましかった。

 8月15日・一部修正

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