トラブルにおびえた旅の終わり-欧州旅行顛末
帰国5日目やし、そろそろまとめを。欧州旅行も終わりごろの私は、クレーム交渉をこれ以上増やしたくたくなく、トラブルが来ないかとおびえつづけていた。
まず15日はリヨンのカルフールで値段間違いを指摘、18日にはミラノで麻薬商人を追っ払い、19日はスイス国鉄と、相手を責めるコミュニケーションを続けた私は相当疲れていたのである。もう、トラブルには会いたくないし、何より相手の落ち度に気づきたくない。
多くの日本人旅行者なら「郷に入れば郷に従え」と、現地の習慣だと割り切ってすませるか、争い事のリスクを避け無難に乗り切ることだろう。だが、我が性格が災いして旅の楽しみは減り、19日頃には気楽な環境=祖国日本を思う心ばかりが強まっていた。
もちろん、貴重な経験を得られたのは事実であり、大収穫だ。
むしろ、我が性格が幸いしたといえる。今になって思えば、トラブル、つまり相手の非を改める状況に陥ったからこそ、それぞれの地域の本質が垣間見え、良さも感じられたのではないだろうか。
しっかり正当性を訴える姿に、最後は好意で迎えてくれたカルフールの女性社員。フランス人は主張を通す態度を認めると聞いていたが、本当にそうであった。
スイス国鉄では、悪かろうと制度ある以上は一歩も引かない職員という厳正さに感服(今となっては)。あと、チューリッヒ行きの車内で、切符の有効性を丁寧に説明してくれた車掌の親切には頭が上がらなかった。
そう締めくくると、今度はいい思い出ばかりが浮かんでくる。
赤信号なのに誤って中央分離帯まで来た私に、道を譲ってくれたパリのバイク青年。(9/14)リヨンのコインランドリーで作動しない洗濯機に悩む横から、強くふたを締めてくれた青年と、ボタン操作を代わってくれたご婦人。(9/15)
ギャラード(Gallard・フランス領だがジュネーブの隣町)のホテルで、午後9時なのにレセプションが閉まっており、ロビーにいた留学生たちが管理会社と交渉してくれ難を逃れた。(お礼として、たまたま持っていた扇子を渡した。(9/16)
私の姓を聞き、すぐさまロンドンの日本料理人・近藤シゲル氏の話をしてくれた、スイス・インターラーケン(Interlaken)の宿の気さくな主人。(9/17)
風景を撮ろうとデジカメを構えると、すぐさま写ろうとした10代後半の女の子。ただし、シャッタースピードが間に合わず撮れなかったうえ、彼氏と一緒に通り過ぎていき、声をかける間もなかったが…。ミラノの、たぶんコルドゥシオ広場(Piazza-Cordusio)にて(9/18)
エビアンの泉で一人写真を撮ろうとすると、撮ってやると申し出てくれた青年。逆にこちらも彼とその彼女の写真をとろうとして、借りたデジカメはキヤノン製。思わず、Made in Japan!と主張。 (9/19)
チューリッヒの器具系専門店(土産物屋でもある)で、ドイツ語圏の住民ながら、なんとか私の英語をわかろうとしてくれた、若い女性店員。(Bitte!とDankeぐらいは言うようにしていたが、両者ともに共通の言語が心もとないのはかなり辛い。文章なら何とかなるから英語表記があればまだいいが、それも全てが独語だったりする。)(9/20)
最後に、ホテルからチューリヒ空港へのシャトルバスに乗る際、お声をかけていただいた日本のご婦人。下のお子さんの大学入学とともに一人旅を始めたそうで、しっかりしてお歳を感じさせない方だった。インターネット接続のためにやむなく高い電話料を払う際、二泊目なのに重ねてカード提示を求められたと話すと、『ヨーロッパのサービスは横の連携がないわね』と、鋭いご指摘。
あと、インターネット利用に関しても、『技術を利用する言語がわかれば、自分でやる。できないからお金を払ってでも人に頼む気になるのよ』と。これまた旅の最後で格言をいただいた。まさに、私の本職である、顧客サービスの原点ではなかろうか…。(9/21)
人とのやり取りばかりをあげてしまったが、むしろ良いことのほうが多いものだ。もちろん甘えてばかりいるのは禁物だが、さらに会話の通じない非英語圏に行った以上、それとわかる親切にはありがたく受けさせていただいた。ひたすら、感謝したい。
というわけで、逆に困っている外国人旅行客がいたら、出来る限りは助けていきたい。ただし、政官財マスコミを操って儲け話を進める金持ち外国人など、強権をもってのぞむ方々を助ける気は毛頭ないが。
ふう、やっと自慢話ができた。
というわけで、ヨーロッパ旅行ネタはこれでおしまい、おしまい。(のつもり)
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