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なぜ、死にいそぐ?

 鬱の経歴をもつ友人がこう言っていた。
 「俺もシフトアップせなあかん」

 せなあかん?何が義務やと言うんやろうか?
 そういえば、集団自殺をした7人はそれぞれに慢性的な悩みを持っていたらしい。就職とか育児とか、あるいは恋愛関係とか…
 確かにいずれも義務か、必ず通る道には違いない。しかし、考え方一つではどうでもいいものであり、たとえ自分や周囲の状況が悪くても悲観的にならずに済むのではないか、と思ってしまう。

 先日ある国家資格の試験を受けた私は、「受からんでええわ」の心理状態で本番に臨んでいた。受験者の技能を認める"資格"でしかないから、今の仕事ができなくなるわけではないし、受かったとしても給料が上がることもない。転職の時の資格欄を飾る材料としては大きいが、要は自信を高める道具でしかない。『どうせ自己満足や』と思いつつ、気楽にやっていた。
 ある種の居直り。大学受験のときも、就職活動のときも、恋愛?のときも、私は似たような感覚でいたように思う。「浪人して早稲田慶應狙いや」と思って現役の入試に落ちるつもりでいたら、関西の某私学にひっかかり、マスコミを受験しまくって「落ちることで己がそれほどの変人やという証を得たい」と開き直ったら、結果として専攻どおりの企業に採用されたりとか。
 ひとつひとつの目標が絶対だと思えば苦しくなり、多少横道にそれてもまさに「自殺」したくなるのかもしれないが、『まあ、これはこれで別にいい意味がある』と捉えられたら、どんな逆境にも応じやすい。
 
 私の発想は一つの考え方として置いておくとして、鬱とか(逆に躁も)、自殺に走りやすい人の多くは、周囲の環境や物事を絶対的なものとして捉える傾向があるのではないだろうか。さらには、なぜ自分の境遇が変わらないのかと、変化を、それも他力本願で求めている人も多いだろう。他力本願でも良えんやけど、そうしたいなら、もし変わらなくとも『それはそれでしゃあないわ』と諦める大らかさを持ち合わせないと。

 となると、意図するしないに関わらず他人の他力本願に答えておくことも必要だ。運はめぐりめぐってやってくるもので、全ての物事は自然に好転も(もちろん悪転も)するものだから。
 その一割でもいや五分でも自分の手で変えられたら嬉しい、と思うぐらいがちょうど良いかと。

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コメント

近藤さん。こんにちは。吉田健一です。先日は年賀状有り難うございました。今は四国におります。昨年は、卒塾、入籍、今の仕事への赴任、選挙手伝い、披露宴と激動の日々でした。

さて、初めてHPみました。どの文章も含蓄がありますね。実は、何故、この返信をしたかというと、僕は昨年の夏、激しい鬱状態になり、もうそれこそ本当に毎日、フラフラで精神も不安定で死ぬ事を考えておりました。

生まれて初めて、精神科の門を叩いたのですが、僕は「鬱状態」ではあるが、「鬱病」ではないと診断されました。何と、思春期の入口あたりで、躁鬱病を発症していたらしいのです。

思い返せば、あれが躁状態だったのかと思う事は少しはありますが、鬱の辛さは大変なものです。

原因は様々で元々の性格(感じ方、考え方の傾向)環境、脳内物質の配合の具合などいろいろのようです。つまり薬だけで治る「物質的」な問題ではないのですが、全部が「心の持ちよう」とも言い切れない、物質的な部分(脳内の物質状況による)もののようでもあります。また、環境が変わると、鬱は直る事もあるみたいで、そう考えると環境は、脳の中の、物質の出具合も変えるので、気分が良くなったり悪くなったりするみたいです。

これからは、もっと気楽に行きます。近藤さんがいう通り、「こうあらねばならない思考」の人は鬱になる事が多いというのも確かなようです。どうでも良いと思っていれば良いのですが、なかなかそうも思えないのもこの種の病気をもつ人たち(僕も)の特徴でもあるのです。

投稿: 吉田健一 | 2005/01/04 16:02

ある方を通じて、松下幸之助翁のこのようなお言葉を聞きました。
「人生、(周囲の)1割でも変えられたら嬉しいやないか。」
ちょうど、本文末尾の部分は松下翁にならったものです。

こうあらねばならないというよりも、「こうなればいいな。ほんならこれぐらいの事はしとこうやないか」と考えられる人ほど、うまくいっているような気がします。よくいわれる「成功」とは違う意味で。
敗戦後かどうかは知りませんが、私に物心がついてからの二十数年間は、数値で測れる成功が尊ばれる強い傾向がみられます。大学=偏差値、企業=利益、政治家=議席数(と他国との裏金?)、などなどさまざまな価値観がわかりやすくて虚しいものに置き換えられたようです。
潜在意識ではこのような変化についてはいけないが、世の中はこうなんだからついていかなくてはいけないと思い込んだ「真面目」な人々ほど、鬱の病や、さらには自殺に進んでいったと私は解釈しています。
人間という生物は「自然と調和する本能が壊れてしまったから、やむを得ず道徳を身につけて教育を行うようになった」そうです。つまりわれわれは、後天的な価値観や規範で動いているようですから、なにごとも「所詮はヒトが後で作ったもんや」と、気軽に考えるぐらいでちょうどいいのかと思います。

投稿: 筆者(こんだぃ) | 2005/01/14 19:38

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