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すばらしき悪役

 最近、あの高田総統がお気に入りだ。
 プロレス(「ファイティング・オペラ」と言うらしい)ハッスルで、悪方である高田モンスター軍を率いる総帥役で、リング上であびせる悪口罵言が痛烈で面白い。ハッスルのキャプテン・小川直也を「チキン」と罵り、川田利明なら「引きこもり」。それに観客までも徹底して敵に回す、開催地が名古屋なら「中途半端な…」と地域性をバカにする。当然観客からはブーイングの嵐だ。
 まさにショービジネス。すでに演劇を見せている域に達しており、プロレス界の吉本新喜劇といってよい。さらにすばらしいのは、現場を見たことがない私でも、活字やマスコミの報道だけでここまで面白いと思わせてしまう勢いだ。

 高田氏は高田道場を主宰してレスリングの後進を育てるほか、PRIDEの統括本部長としても有名である。レスラーというよりは極めて優秀な「興行師(プロモーター)」「製作者(プロデューサー)」だろう。

 対照的に、その腰引け具合が目立つのがプロ野球の興行師たちだ。

 こういった、スポーツエンタテイメントを面白くするのは、ハッスルの例を繰り返すまでもなく、敵味方をはっきりとさせ、対戦を盛り上げることだ。善玉と悪役が必要なのである。
 つい最近までの日本プロ野球界は、読売前オーナーのナベツネこと渡邉恒雄氏が悪役を一手に引き受けることで、アンチ巨人も巨人ファンもさらにプロ野球を楽しむことが出来た。阪神ファンの10人中15人はナベツネ嫌いで、ちょうど高田総統がブーイングを受けるように、渡邉前オーナーも関西や中京圏の各所で陰口を叩かれていた事だろう。

 この点、高田総統と並んで、渡邉前巨人オーナーも偉いといえる。
 ところが、ナベツネ氏はあっさり身を引いてしまった。

 推測に過ぎないが、自分が主導でもない球界騒動なのに悪役をやらされて頭にきたのかもしれない。じっさい。じっさい今回の再編でチームが強化されるのはオリックスぐらいで、あとの球団は遠征地の変更など、数々の手間を強いられる。その上、球界全体が「古い体質」との印象をうけかねない。

 これでは、もっと敵味方の区別をつけて、対戦を盛り上げたほうが良い。

 というわけで、肝心の悪役オーナーだが・・・後継者がいない。
 もっとも、得をした(しようとした)オリックスの宮内義彦オーナーが徹底して悪役をやればよかったのだが、そこまで強いチームになったわけでもないので難しい。ただ、マスコミに露出して叩かれ役をやっても良かったのではなかろうか。

 そうしているうちに、旧近鉄のエース・岩隈久志投手が初志貫徹し、いったん移籍させられたオリックスから楽天への移籍が認められた。マスコミは終始一貫オリックスを悪役にして、せっかくプロ野球を盛り上げようとしたのだが、肝心の宮内オーナーが露出しないのでは、面白みにかける。

 ナベツネさん、お願いです。
 あなたの後継者でもある、宮内氏にこう言ってやってください。

 「この引きこもりが!」

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考えさせないCM

 別用で関西に帰ったかたわら、世界のCMフェスティバルというイベントに行ってきた。後輩から聞いて当日券があることがわかり、急遽京都から大阪・上本町の国際交流センターに向かうと、夜10時開演で翌朝5時までの開演にもかかわらず、1000席の大ホールはほぼ満席となっていた。日本でも複数回行われているらしく、リピーターが少なくない模様だ。
 題名の通り、世界各地のCM映像が流れていく。その合間にジンバブエ出身のダンサーによる曲芸や、スポンサー会社の製品が当たる抽選までついてくる。なかなか盛りだくさんの企画であった。

 特に目に付いたのはヨーロッパのCMに機転を利かせたものが多かったこと。逆に日米・アジアアフリカは単純に商品やサービスを主張するものがほとんどだった。もちろん、プロデューサーのJean-Christian-Bouvier氏がフランス人であるため、同国やヨーロッパ良く見せる傾向はあっても仕方がないが、それにしても、「考えさせてもらえない国にいるものだ」と思わされてしまう。
 ヨーロッパのCMより、その好例と秀作を簡単に説明する。


 綺麗な服に着飾った娘さんと父親が歩いている。そこに通りかかった車が泥水をはね、父娘を泥だらけにしてしまった。
 大切な着物を汚されて、泣きじゃくる娘。
 怒り心頭に達した父親は、しばらくして左側を泥で汚した車を見つけた。「こやつだ!」
 ちょうどドライバーらしき人物が近づいてくる。
 「君の車か?」
 凄い形相で睨みつけながら聞くと、彼は素直にうなずいた。
 その瞬間、父親の手がキツイ拳骨が彼を襲う。
 倒れたドライバーを心配そうにながめる娘を連れて、父はその場を去っていく・・・
 そこで画面が黒くなり、白字で、
 『自慢したくなる車・カローラ』
もう一本。
 若者二人がどこまで息を止められるの勝負をかけた。
 すると片方が本当に息絶えるまで粘り、土葬のシーンに画面が切り替わる。
 嘆く遺族と勝負をかけたもう一方の若者の姿がそこにあった。
 遺体に完全に土がかぶさった頃、一方の若者に電話が・・・
 「I won!」
 『当社の携帯電話なら土中でも繋がります。地下鉄、地下街、地下駐車場・・・』

 前者はトヨタ(日本企業・笑)の欧州向けCMで、後者はポーランドかどこかの地元電話会社だったと思う。いずれも考えさせる内容であり、納得がいくストーリー展開が完成している。ほかにも、Tバックのみを身に付けた女性がおもむろに尻でクルミを割って食べるフィットネスクラブのCMなど、数えればきりのないほどの機転が見られた。(日本であれば、スポンサーである全日空の「このシートのせいですよ」と安眠を得て他のサービスを受けられなかった乗客が乗務員に怒るCMがこれに属するが、極めて少なかった。)

 この差はなんであろうか。
 一つには、国家や大企業が先導(煽動)して国ぐるみで経済や影響圏を拡大させてきた日米両同盟国と、個人(小国家や州)それぞれが自前で考え、利害に応じて離合集散を繰り返してきた欧州人との違いだろうか。
 加えて情報技術の発展で、私を含めた日本人はより考えなくなった。携帯電話があれば人に取り次いでもらう気遣いを案ずる必要はなくなるし、各種ゲーム機があれば遊び方を工夫する知恵は養われにくい。そう、わが国は世界トップクラスの民生系情報技術を持つがゆえに、用意された情報ツールに慣れてしまった側面がある。稼ぎ頭の技術が人々の頭を衰えさせるというは、皮肉というのかなんというのか。

 とはいえ情報技術や上層部のせいにするだけでは無責任だろう。欲深い為政者や大資本家が、容易に社会運営を進めたり、モノを売るために「考えさせない」風潮を作っていたとしても、それに流されるどうかはそれぞれが決められるはずだ。個人の心がけ一つで飛び交う情報の解釈は変わり、影響はプラスにもマイナスにもなる。

 「しっかり考えなあかん。」
 そう肝に銘じつつ、まだ世が明け切らない大阪を後にした。

【補筆】
 このあと、たまたまOECDから各国の学力到達度調査(15歳)の結果が発表された。
 参考までにリンクを張っておく。
  読売新聞社会欄-日本の学力「世界トップ水準と言えず」…OECD調査
  毎日新聞社会欄-OECD:学習到達度 文章などの読解力で日本は14位

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