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「勝ち犬」にもなりたくない人々

 大手人材紹介・派遣会社のインテリジェンスが、転職支援サービスの広告として、このような記事を掲載している。

 「勝ち・負け」のキャリアから「自分なり」のキャリアへ

 従来ならキャリア志向で勝ち組をめざす人を対象にしていた転職エージェントが、ここ最近になって自分の分限をわきまえた発想にあわせて来ているようだ。20世紀末、職業人として出発した頃の私はすでに「自分なり」視点だったが、世の中もそういった空気になったのかと、不思議な新鮮さを感じてしまう。かっこよくいえば、『ようやく、オレに追いついたのか』と言いたい所だ。って自慢にはならないが(笑)。
 
 勝ち組発想の問題点といえば、自分(たち)だけが勝つ、自分(たち)の欲望だけを達成したいという思いが大きくなるほど、周囲(所属組織体や社会環境、自然)を省みない行動が比例して増える所である。
 たとえば、営業部門は自らの成果目標である「売上高の上昇」を目指してすばやい商品生産を要求すれば、工場部門は「品質やコスト」にこだわって生産ペースを抑えたり、逆に生産を増やして営業に販売を押し付けたりとか。
 非経営者層が個々のレベルでしか考えなければ、その利害の衝突で会社としての業績悪化が生じる。経営者層が一企業のレベルでしか勝敗を考えなければ、たとえば1社だけがお金を貯め込んでしまうと、社会をめぐりめぐるお金やサービスの量は減り、結果としてその1社に入ってくるお金も減ってくることになる。
 
 確かに「自分なり」の人々も、所属する組織や社会のなかで、ここ一番がんばりなさいという局面でサボってしまう恐れはある。だが、ずうっとがんばっている人が急におかしくなって倒れ、周りが混乱するよりは、普段から自分のできる範囲あるいは無駄に影響を及ぼしてはならない範囲を心得ている人が、時にかんばってくれるほうが、周囲に益があることが多いのではないだろうか。

 三十路を迎える私の周りでも、勝ち組を目指す人々の息切れがめだってきている。
 それでも息切れしていない人々を見ると、勝ち組というよりは「勝ち犬」ではないかと思うケースがある。善意のガンバリズムやけなげな向上心が、大組織や財力の歯車として利用されている状態だ。いきなり国家レベルになるが、T中大臣先生とか、米中両大国などにシッポを振ることで日本のエリートとして威張っていられる皆さんなど、まさに「勝ち犬」である。
 自集団の利益そっちのけで、大きな力の威を借りて自分だけが勝とうとする下等な人々、ではなく「犬」。政財官界を問わず、いろんな方がいらっしゃる。

 まあ、「勝ち組」のつもりが知らないうちに「勝ち犬」になった人々がほとんどだろう。最近だと、リーマン・ブラザーズ(村上ファンド?)とホリエモンの関係もそうかもしれない。だまされた結果、猫型ロボットではなく犬型人間になったとか。
 とは言うものの、犬にならねば生活が成り立たないケースが増えているのも事実だ。わざと「犬」になって今後をうかがっているしたたかな面々はまあ良いとしても、多くの人々が犬になって勝ち組に入るか、そうでない道をとるかの択一に迫られている。

 インテリジェンス社の広告は、「勝ち犬」になりたくない層が増えたことの表れかもしれない。 

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