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6割男

 そう、オレは6割程度のパワーで働くことを目標にしている。いざという時に出すための余力や、なによりも事の全体像を掴んだり周辺知識までをもつけるためには考える時間も必要だ。「バカな考え休むに似たり」ともいうが、だったらはじめから休んでやれ。と思う。
 
 近いセクションの部長さんに「(部下である)○○課長は全力投球型、部長は8割余力型でしょうか」と聞いたことがあり、その際に「いや、俺は6割ぐらいで良えと思うてる」と答えられたのが、「6割男」を目指す根拠である。
 仕事が結構うまく回っているのに部長自身の力が抜けていたのが気になっていたら、打ち合わせになれば極めて当を得た意見が出てくる。あ、なるほど「観ているんだ」と納得した。

 まだ、そこまで上に立つ立場ではないから、同じ視点は適用されないが、余裕を持たない人間ほど空回りしやすく、洞察力や観察力に欠けてしまうケースは往々にしてある。周囲と自分の位置を見失わないためにも、オレは6割男でいくつもりだ。

 残業徹夜残業、屍累々にして過労死多発うつ病はマシな方…何が生産的だろうか。

 妻の“執念”で新証言、「夫は過労死」逆転裁決得る(読売新聞)

 享年50歳の営業部長さんという。部下に仕事を押し付けず、みずから処理できる案件は全て背負い、会合その他にも皆勤といったところだろうか。

 だいたい、さまざま職位があるのは、責任や作業負担を分散させる意味があるから、この営業部長さんの場合「部下へのマネジメントが足りない」と言われるタイプなのかもしれない。だが、部下に下ろきれない仕事量が降ってきていたとすれば、話が別だ。
 営業部長さんは10割(以上)受けてしまったのだろう。上司からもお客様からも。

 10割を引き受けて己が疲れ、やがて死んで0割では意味がない。
 6割、といわず、やはりほどほどが良い。

 過ぎたるはなお及ばざるが如し。

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ホリエモンが教えてくれたこと

 本人の意思はわからないが、日本人はホリエモンに感謝したほうがいいかもしれない。

 まず、ホリエモンが教えてくれたのは、資本主義の単純なルールである。少しでも多く元手を出した(株を買った)人間が口を出せるのが資本主義ということを、ニッポン放送の買収という、わかりやすい形で示してくれた。

 その影響か、政府自民党は、来年に適用を予定している会社法改正の恐ろしさに気づいたそうだ。(というか、私自身も改正の概要をいまさら知ったぐらいでして・・・笑)

 外国株式対価の合併、1年凍結・会社法案で自民部会(日本経済新聞)
 三角合併、一時凍結…そして霞ヶ関の深謀 R30::マーケティング社会時評

 会社法改正で危ぶまれた点は、株式交換による買収の際、消滅会社の株主への渡す対価として外国株の使用を認める点だ。株式交換買収は改正後も日本企業同士にしか認められないが、外国企業が日本法人を設立すれば、実質上買収が可能になる。(外資、その日本法人と被買収企業というわけで「三角合併」と呼ばれる)

 いまの時点で、ホリエモンが強引にでも自身の事業を広げたいわけは、この株式交換買収の拡大をもくろんでのことかもしれない。この会社法改正までにライブドア(とは限らず、自分が把握する持株会社)の株価総額を大きくしておかねば、M&Aを仕掛けるどころか、逆に外資系の大企業に飲み込まれる危険性がある。

 株価総額を高めたければ、様々な人間が株を買いたくなるような事業を傘下に持つのが得策だ。その標的がニッポン放送=フジテレビ系だといえる、株式相場の主役である外国人投資家にとって日本のマスコミを操作できるうまみは大きいからだ。

 多少強引な買収劇や経営方針の影響で視聴率が下がろうと、全国ネットのラジオ・テレビを握っておけば、一般庶民を己に近い考え方を広めるのはたやすい。日本の政治家にとって、いや日本国民にとって、自然風土や文化のまったく違う人々が、テレビ・ラジオを通じて自然と報道だけでなく、バラエティやドラマのせりふなどさまざまな手段で人々を感化・洗脳してゆく・・・

 だが、外国人投資家がマスコミ株を得ればよいといえばそうではなく、外国人がマスコミ企業の議決権を持つ(=株式名簿に掲載される)比率は20%までと放送法で制限されている。
 この抜け道として、外資系はマスコミの経営権を取得する日本企業に影響力をもてばよい。
 たとえリーマンとかの(悪)賢い外資にだまされようと、ホリエモンがこだわったのは「マスコミに影響力を持つ会社」としての株価上昇とも考えられる。

 せいぜいホリエモンがこの程度の保身しか考えておらず、ライブドアを外資企業の日本法人のようにしてしまい、株価を上げてくれた外国資本に事実上のマスコミ経営権をくれてやるとすればどうだろう。

 世間の変化に鈍い政治家にも、マスコミを握られる怖さには震えが来たようだ。
 それで、株式交換買収だけでなく、外国人による放送企業の間接支配制限まで考えるようになった。


 もうひとつホリエモンが教えてくれたのは、資本主義が万能ではないという現実だ。
 金で文明(生産物や技術)は買えても、文化(自然や風土、習慣)は買えない。

 インターネットとの融合とはいうが、すでにニッポン放送はネット上での放送配信を本格的に始めているなど、いまさらライブドアのノウハウをもらうメリットは薄い。
 とすると、本業のラジオや傘下のポニーキャニオンを含めた、コンテンツ販売権の獲得を狙っていると考えるのが素直な所だ。だが、肝心のコンテンツを生み出す社員たちにホリエモンが嫌われていては、新しい商品が生まれる可能性は下がり、既存コンテンツの販売権しかうまみがなくなる。
 かりに、堀江ファンを対象としたコンテンツに切り替えるにしても、これまでのニッポン放送系の番組・コンテンツを好んでいたリスナー、視聴者は次々と離れ、結局新規顧客の開拓に余計な費用がかかるだろう。

 もともとその企業がもっていた「文化」を損なってしまっては、買収する意味がない。10年後はネットが放送を凌駕するというなら、ネットだけで勝負して、かつ既存のコンテンツに執着せねば済むことだ。

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 今回は、ライブドアのような小さな企業がマスコミに手をつけてくれるという、もっとも政治家を刺激する格好になったのが良かった。
 R30さんの言うような、

「エクソン・モービルが新日本石油+コスモ石油+出光興産の国内勢まとめていただき」とか、「GEが三菱重工と石川島播磨など防衛庁下請けを全部お買いあげ」
という形になってしまえば、技術も人も、みな欲しいところだけ吸い上げられ、残ったのは合理化によって大量解雇された日本人と、それに伴ったさらなる大不況といった状況は免れがたい。実に怖いことになるところだった。

 小泉さんも竹中さんも弱みを握られて、かつアメリカの共和党ネオコン系(っていうか、石油資本家さま?)に立場を守ってもらっているから、「じゃあ、日本企業はいくらでも好きにして」という気持ちだろうか。
 平成の井伊直弼というのか、目先のものを守りたいがために、肝心の国や風土を守ることを忘れてしまっては意味がない。自然と変化するのならともかくも、急激な人為的な変化は、多くの人を不幸にしてしまう。
 世界のバランスを考えて日米同盟を強化という発想は理解できるが、60年前の敗戦を引きずって従属を続けるのはいかがなものだろうか・・・。
  
 話が広がりすぎるので、このへんで。

 その他参考リンク:もう1つのライブドア騒動 外国株式対価による合併が1年凍結
          成果主義を自分の味方につける法(山口俊一氏)より

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元阪神応援団長逮捕に思う

 私は阪神タイガースのファンだが、甲子園球場で観戦する時はライトスタンドに席を取らないようにしている。応援を強制されるわ、間違っても試合を見られる場所ではないからだ。
 と思っていると、近頃、こんな事件が世間を騒がしている。

 読売新聞)阪神応援歌事件、中虎元会長ら逮捕
 毎日新聞)阪神応援歌:「中虎連合会」元幹部らが著作権者と偽登録
 デイリースポーツ)阪神応援歌CDで詐欺

 テレビ朝日の報道によると、甲子園ライトスタンドに自由席料金を払って入場すると、今度はその付近に陣取っている応援団からさらにショバ代を請求されることがあるという。もっとも、友人知人にかなりの数のトラキチ・阪神ファンがいるが、そのような話は聞いた事がない。しかし、充分にあり得る話ではある。

 あり得ると思う点は、今回の応援団幹部が暴力団出身であることだ。どこの球団でも一定数は入り込んでいると想像できるが(全てがそうではない、念のため)、特に阪神・巨人などの人気球団は生計(彼らでいう「シノギ」)を立てるには格好の対象である。ファン一部にとっては球場で応援の臨場感を味わうこと自体が価値とされるから、応援団のそばにいる権利だけでも売り物になる。すなおに楽しみたい感情、騒ぎたくなる社会事情がさらに商品価値を上げている。
 それが、今回は応援歌の権利まで主張(強奪)してしまったというところか。

 以下、一部の方々にとっては異国の事情に思えてしまう内容になりますが、よろしければ付き合ってやって下さい。

 今回の阪神応援団のように、暴力団新法の適用以降のヤクザ者は、かえって一般人(堅気)に手厳しい収入源(シノギ)を得るケースが増えたらしい。
 不動産・株取引、古くからある芸能関係など、さまざまな正業に転換するのはまだいい。が、法の抜け穴をつかって脅迫まがいの取引を行う経済ヤクザ、卑近な例では中高生の不良や暴走族を使ってかつあげの代行や薬物の販売を行うとか、IT系ならワンクリック詐欺とか、真面目に暮らす一般人から不当に財を巻き上げる輩が後を立たない。
 
 最近のヤクザ者は、任侠者と呼べる人材がほとんどいなくなったらしい。つい10年ぐらい前までは、私の出身地である関西~山陽地区の一部では、古きよき任侠ヤクザがつい最近まで残っていたようだが。
 高校生ぐらいのころは、暴力団が暴走族を取り締まっていたぐらいで、むしろ益になる部分が少なくなかった。それに、公の権力に代わって、交渉力・政治力の弱い中小企業の利権を守る役目を負っていた面もあり、私自身も今ほどヤクザ者に対する印象は悪くなかった。
 このあたりは、故・高山登久太郎氏のホームページをご参考にされると幸いだ。広域暴力団といわれる組織の元総帥が、どのような考え方を持っているかがわかる。

 ヤクザいや任侠道の始まりは、どうしても人間社会が生み出すあぶれ者、暴れ者、そして被差別者などの生活に困った者たちが結託した利益集団といわれる(西洋でいう初期のマフィア)。貧しい状況から脱出しようと(それだけではないだろうけど)個々で無秩序な暴動を繰り返して周囲に嫌われるよりは、むしろ堅気者がやりたがらない役割(まさに暴力的な作業=自警とか治安の類)を担って、共存共栄を図ったほうが良いと。
 おそらく、平安末から鎌倉の農村を守る武士団とか室町時代の惣村自治組織における自警団などは似た存在だろう。武士団や自警団が、村々からはみ出た暴れ者や被差別者をうまく吸収していたと考えれば自然である。
 現代(といってもここ10年ぐらい前の話)に直すと、民族や居住地域などの差別に困った者、代々続いて貧困から抜け出せない者、あるいは札付きの暴れ者などが、暴力団・ヤクザに吸収されることで秩序を得て、無差別に暴発するよりはましな状況を作り出したというところか。最善・次善でもなく、なんとか三善?ぐらいでやっていたような。(日本テレビ系のドラマ・ごくせんなども結構参考になるかも。宇津井健さんが演ずる主人公の祖父で会の三代目・黒田龍一郎に義理と人情・弱者保護で動いてきた様子が描かれている。)
 つまり、一般人から暴力原因を隔離するための装置が任侠集団であるともいえる。一般人を傷つける連中は最低の最低の最低、あからさまに憎むべき存在で、それこそただの暴力団だ。

 そこで、先述の高山氏が健在であった頃の発言が効いてくる。
 「近頃、ヤクザが増えて困る」

 非常に重い言葉で、ある種の社会責任として任侠道を通していた人の切なる感想だ。暴力原因は消えずとも、やむを得ず発生する程度の数に収まって欲しいのだ。
 高山氏も身罷り、さらに収容先がなくなった暴動(暴力団構成員)予備軍のなれの果てが、阪神応援団に巣食う連中であったり、暴走族に悪事を働かせたり子どもに薬物を売りつけるような悪魔である。
 
 やはり、そういった連中の発生を出来るだけ抑えるのが、社会改善とか政治の役目である。今回のように事が起きては警察の暴力団担当(マル暴)が取り締まるという一時対策以上に、根本対策が必要だ。
 だが現状は、小泉氏や竹中さんが行き過ぎた競争政策をとる以上、より弱者は増え、より暴動予備軍は増えるだろう。「あいつはヒドイやつらだ」と首かしげているだけでは終わらない。

 まずは自分の周りからやってみる。極端な弱者やはじかれ者、不遇に過ぎた存在を作らない事だ。自分が儲かれば社会や周囲に還元する。自分が指示をする立場(会社員なら、部下特に派遣社員や規模の小さい請負発注先などに対しては)であれば、相手の主張を良く聞くこと、裁量権を尊重すること。そして無理をさせすぎないこと・・・かといって、優しくしすぎてなめられたりサボられ過ぎても困る。別の意味で危ない。

 要はバランスが肝心だ。

(そういえば、専従職員でもないのに労組活動を盾にして、ほとんど自席に居ない先輩=サボり?がいる。暴力こそないが、団結力を背景として既得権を不当に主張している点では、逮捕された阪神応援団長と大して代わらない。弱者連合の意義を失った労組と、任侠心を失ったヤクザは似ているかも。あ、この先輩もトラキチだったような・・・オレまじで阪神ファンやめようかな・・・泣)

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