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便利と安心のバランス

 もう少し、列車脱線事故に絡めた話を続ける。
 前回の記事への反応を受けて、気づいたことが多いからだ。

 発生から2日たち、地元・神戸新聞の記事を注目してみる。

 深刻なモラル低下 JR中枢 現場に責任転嫁も

 上層部が下部に責任を押し付ける行為は今に始まったことではなく、どの組織にも存在する。運転士が感じた懲罰への恐怖は想像に易い。

 で、記事で批判されている世間知らずのエリート中枢も、ある意味では被害者だ。
 彼らは責任の取り方とか、物事の判断基準を自ら持つとか、そういった自立した思考を鍛える教育を受けていないはずだ。お読みの各位は日本の学校機関で教育を受けているからもうお分かりかと思うが、「想像」「多面的理解」などがしっかりしても、高校や大学の受験合格には関係ない。ましてや中央官庁や大企業のエリートになるためには有害扱いされることもあろう。

 被害の「想像」、管理制度の負の側面を「多面的に理解」していれば、運転士の極端な焦り=速度超過を防ぐ仕組みが作れたはずだ。
 『多少でも安全に問題があるときには、線区全体を運休にしてもよい』ぐらいの定款をわかりやすく公表するだけでも違う。ある運転手が慎重で冷静な判断をとり電車が遅れたり止まったりしても、公表されていることによって社会的には納得してもらえるだろう。その上司が数字だけを追う痴れ者だったとしても。

 私の勤め先の関係もあって、「早さ・便利」よりも「安全・安心」を求める傾向を感ずるようになってきた。

 ここ最近の数字を求める社会に人が疲れたのだろうか、あるいは複雑な制度やシステムの絡み合いによる被害の不安が増したのだろうか、「安全・安心」傾向は日に日に強まっている。
 もちろん、「早さ・便利」も必要な要素で、人類の発展には欠かせない。ただし、発展には「安全・安心」を後回しにして挑戦する段階が必要であり、バランスを間違えば損害や破壊が待っている。

 この『バランス』をとるのが経営者とか為政者、投資家(資本家)の社会的責任・使命であり、彼らが一方の欲を強めれば被害が生じるのは明白だ。

 そういえば、責任が下部に押し付けられやすい仕組みは、資本主義も共産主義も変わらない。違いといえば、個人の欲を認めないか否か、富と知恵の集中が一部(寡占)なのか、すべて(独占)なのか。それぐらいだろう。
 共産主義は富が一部に集中しやすい資本主義の欠点に対抗するために発生したが、共有財産を専権して管理する人間(例えば、東側諸国の為政者)が私意を持てば、よりおかしくなることが実証された。民間にも富や知恵、権力が分散し得る資本主義のほうが、確かにマシなのだ。決して最善の策とはいえないが。

 前の記事でも話したが、聖書を信じる人々が「神が罰しないこと」と解釈できることは、何でもありと作った制度なのかもしれない。そういう連中が、この制度で言う最高位「投資家」とか「為政者」の地位にいるとすれば、『責任は庶民に押し付けてしまえ』と考えることは容易に想像できる。
 便利と安心のバランスをとる責任から逃げている輩が多すぎる。

 なんにしろ、極端は疲れる。
 疲れ果てた結果が脱線事故であり、さらに多くの疲労が生ずる序曲なのだろうか。

 テレビ画面から、遺族になってしまった初老の男性の一言が。

 「誰を責めてもしゃあない、社会の緩みがこうさせたんや。私もその一人かもしれん・・・・」

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コメント

世間はこの責任拡大解釈してませんか。この運転手たびたびオーバーランしてますよね今回最初8メートルといい、実は40メートルだと言い本当はそれ以上ではなっかたのでは、そんなに何回もするものでしょうか。基本的に運転能力に問題があったのではないでしょうか。もし私がこのことを知っていれば、この運転手の電車には乗りません。会社がプレッシャーを作ったと言いますが、自動車を運転する立場から交通違反で免許の停止、取り消しがあれば私収入がなくなります。ミスがあれば制裁は当たり前の事です。皆仕事のプレッシャーと戦っているのですから。

投稿: 並木 | 2005/04/29 16:49

>並木さん
コメントありがとうございます。
確かに誇張されてる面はありますね。

おっしゃる通り、ミスがあれば制裁は当然のことです。正確さを求める競争はあってしかるべき。ですが、緊急時の判断を脅かすまでの細かい制限をつけてしまっては、かえって別の危険性が高まってしまいます。
JR西では、秒単位で勤務評定に反映させていたそうで、どんなに優秀な運転手であっても、安全より速度や時間を優先してしまいます。そのぶん危険度はかなり高まるといえるでしょう。

行き過ぎてるんです、緊張の与え方が。
ただでさえ、日本が時間の正確さを求める文化を持っているところに、欧米ばりの目標規定をもってきてますから、人間の責任能力のギリギリを追及している状態です。

緊張と緩和のバランスが損なわれたのも、この事故の一因かと思います。

投稿: こんだぃ | 2005/04/30 13:09

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