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Is your life beautiful ?

 「最近、腹が痛むことばかりで…」
 中途で入社した後輩は、課長に調整の大部分を任せていることなど、どうも自分が思ったよりも働けていない思いがあるという。私的もいろいろと悩みがあるらしい。

 「"Life is Beautiful"って言いますよね、あり得ることなんでしょうか?」
 「映画の題名と違うて、"(我が)人生は素晴らしき”と肯定する態度のことやねえ・・・」
 「はい。前の会社の先輩には『そんなものなんてない』って言われましたよ」

 俺にしてみれば、いきなり何を言い出すんだと。
 と思ったが、彼のもう一つの懸念というか、ウザイ存在である、別の後輩の存在を思い出した。

 別の後輩Bは新卒で入社しているため、中途の後輩とは同年齢であっても当社では先輩にあたる。この関係に加えて、中枢ともいえるシステムを早々と任されていたことから、ずいぶんと増長した態度が見られるようになってきた。
 何かにつけて、正論や自分の理想を吐いては、中途の後輩を困らせているという。私にも似た言動をとることもあるが、明らかに先輩の立場であるため、俺は時折叱ることもできる。が、中途の後輩にすれば、おとなしく聞いてやるしかない。
 「代替案とかを打ち出すならいいんですけどね。これでは場を荒らされるだけで」
 中途の後輩の嘆きをさらに深めている存在だ。

 Bこそ、「My life is beautiful!」と言いきれる性格をしているのではないか。
 自分の理想や希望を良しとして、他人に押し付けられる。こういう人種こそ「Life is Beautiful」の象徴だろう。
 会話に戻る。

 「そう思えるかどうかは、君とあのBの違いやで。大体、その人生が良えもんかどうかって、各人の価値観で決まるやんか。Beautifulとなると、確信もって決め付けられんとアカン。例えば・・・キリスト教にせよ、イスラム教にせよ、ユダヤ教にせよ、神様の言うてる事が絶対に正しいと思える人々は、神様の言うてることに近ければBeautifulやろう。」
 「ああ、なるほど」
 「でも、俺らは多神教の日本人やから、絶対というより、周りの影響を様々に受けつつ自分で価値観を持たなあかへんのや。」
 「それとBが何の関係が?」
 「あいつは、自分の理想を押し付けることができる。さっきの一神教徒のように、絶対の価値観があると思えてしまう性格やろうね。君に正論を吐いてる時は"My plan is beautiful"ゆうて、頭ん中で自画自賛してるところやで。周囲の現実とか人の動きなんか考えずにな。」

 欧米人は聖書などを通じて「素晴らしき人生」の典型を叩き込まれている。対して、一つの神にこだわらぬ日本人の多くは若い頃のしつけや教育、マスコミの情報からその典型を見出そうとする。
 敗戦後、マスコミ自体が米国を中心とした他国の影響を受けた結果、日本の自然風土に合わない「素晴らしき人生」の典型が広められたとすれば、『私の人生はおかしい』と思い込んで自殺者が増えたというロジックもウソではない気がしてきた。

 他の影響をうけずに人生の価値観を持つためには、自分の成功体験を織り交ぜるのが近道だ。
 後輩Bに当てはめると、4、5年前の Linuxブームに乗っかるようにして入社してきた所、趣味で身に付けた技能が会社でも役立ったため、「俺(こそ)がわが社を支えている。俺が動かねばならない。」と、自分のやり方や存在を絶対化してしまったようだ。半ば信仰の領域だろう。
 いうまでもなく邪魔なタイプである。30歳を前にして、My beautifulが、Public beautifulと一致するとは限らないことに気づかないのでは、将来が危ぶまれる。まさに場を荒らす一方だ。

 「だから、Beautifulなんて追いかけんで良えんと違うか?」
 と締めくくると、

 「あの程度の問いかけで、ここまで話が膨らむ近藤さんはすごいですね…」
 変人を見る眼で尊敬?されてしまった。

 あなたの人生は素晴らしいですか?

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四国にプロ野球チームを

 早い話がヤクルトスワローズの本拠を松山に移すのがいいかと。
 セ・リーグだけでヤクルトを含めて首都圏に3球団。二軍のイースタンリーグは近鉄の解散・楽天の設立に伴い7球団となり、ウエスタンの5球団に対していびつな格好だ。東高西低である。
 ということは、東京本拠のヤクルトが西の四国に移ればバランスが取れるのでは?それに、神宮球場における東京六大学の使用優先権のせいで、試合開催時間が遅れたり、あるいは早慶戦に譲って千葉マリンで試合主催をしたなどの、いびつ?なやりくりも解消されるだろう。

 条件は結構そろっている。

 1.愛媛県出身の選手が目立つ。代表例として・・・
  投手・エース格:藤井修悟(今治西高→早大→)=現在防御率トップ
  正三塁手・3番:岩村明憲(宇和島東高→)
  外野手・控え :宮出隆自(宇和島東高→)
 
 2.次期監督が予測される古田敦也捕手の父方の故郷は愛媛県。

 3.現ヤクルトスワローズでも、毎年松山での主催試合を行っている。
  (古田捕手の2000本安打も、松山坊ちゃんスタジアムで達成!)
 
 4.ブログ上で愛媛県西条出身の眞鍋かをりが古田捕手と提携?している。

 楽天がわざわざ東北に作る(作らされた?)よりも、ご当地球団の条件を満たしているような気がするのだが・・・
 問題点としては、青い傘を踊るときの音楽を「東京音頭」で続けるかどうかだ。
 亡き応援団長・岡田正泰氏のご遺志を残したいところでもあるし、松山音頭なり、四国音頭なりに詞を変更してしまうのも手だろう。

 採算面の問題は、ある一定数の主催試合を神宮球場で行えばよい。六大学リーグが開催されない期間に、かつ首都圏から遠い本拠地を相手とするカードに神宮球場を充てる。阪神、中日、広島相手がこれにあたり、中でも対阪神戦は首都圏での客が確実に見込める組み合わせだから、2カード分・6試合ぐらいを東京は神宮球場での開催とすればよい。
 個人的妄想ではあるが、ヤクルト主催試合の開催地配分を勝手にやってみる。(今年と同じく、リーグ戦55試合、交流戦18試合を主催するものとして、時期を5分割して考えた。相手球団名は省略形で書く。)

1.リーグ戦・開幕から5月初旬まで
…T戦2試合を千葉・東京Dで
 ※東京六大学・東都大学の春季リーグ戦の開催時期にあたり、神宮開催は回避

2.交流戦・5月中旬~6月中旬
…H戦の1試合を高知(ホークスのキャンプ地)で、Bu戦の1試合を高松(2軍サーパスのスポンサー穴吹工務店の本拠)で、F戦の1試合を徳島(日本ハム発祥の地)で開催
 物珍しいパ・リーグ相手なので、本拠地四国を動かず。比較的本拠地が近い相手を中心に、他県での主催をめざす。

3.リーグ戦・6月中旬~8月末日まで
…T戦2試合を神宮で、GまたはYB戦3試合を福岡Dで。
 CまたはD戦3試合を神宮で、G戦1試合とYB戦1試合を四国の他県で。
 福岡ドーム開催は梅雨時が望ましい。

4.リーグ戦・9月以降
…主催試合はすべて松山坊ちゃんスタジアム
 ※東京六大学・東都大学の秋季リーグ戦の開催時期にあたり、神宮開催は回避

残りの試合は松山坊ちゃんスタジアムで開催
 リーグ戦=T6試合、D8試合、YB10~7試合、C8試合、G10~7試合 
 交流戦=15試合
 計54試合

以上、妄想は終わり。

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愛知急迫ではなくて。

 愛・地球博である。実はゴールデンウィーク中に訪れたのだが、それといって印象もない。一緒に言った連中のネタならあるが、万博そのもののについて「これオモロイ」という出来事がいまいちなかった。

 で、提案を。

【言語系】

 1.地元スタッフだけでなく、外国館のスタッフも名古屋弁などを原則とする。
  →「名古屋弁を話すインド人」「尾張弁を話す火星人」「三河弁を話す鶏」とかで、NOVAあたりから広告料がせしめられるではないか。

 2.開催期間中は、加藤晴彦が名古屋弁を押し通す。(加藤あい、森下千里も候補だが、バカバカしさを漂わせられるのは彼のキャラクターが最善とはいわないまでも、次善である。)

【特典系】

 3.中日ドラゴンズ勝利時はチャイムの代りに「燃えよドラゴンズ」が流れ、次の日に勝利試合のスタメンをすべて言えた客は入場料が100円キャッシュバックされる。

【企画系】

 4.万博期間中に放送されるガチャピンは、前置きなく全てモリゾー(万博の公式キャラ)に置き換える。同様にスポーツに挑戦して成功するも、「中の人なんていない!」と叫ばせる。(=流行語大賞狙い)
 ムックは従来どおりで、姿かたちが変わっているにも関わらず「ガチャピン」と中の人に語りかける。※ムックにおける中の人の存在は公認されているらしい。加藤晴彦がムックを務めるという策も検討中である。

 5.安田大サーカスの裸体を、とりあえず緑色にぬりたくっておく。

 ・・・う~ん

 名古屋・愛知という土地柄が、ネタになりづらいのではないのか。
 以前、タモリ(福岡出身)が、その中途半端さ?を笑いの種にしていたことがあるが、感性が鈍いのかどうも思いつかない。というより、下手に愛知県の血が半分入っている我が身にとって、この課題はタブーなのだろうか?

 どうでもいいことを考えつつ、寝ることにする。

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プライドを守る?

 めでたくも、向こう2ヶ月で数人の友人が結婚・挙式を迎える。
 が、せっかくの祝い気分が壊れる話を同時に聞いた。
 式に招待してくれた友人Aが、共通の友人Bに「名古屋に行くから」と後になって出席を断られたという。
 初めから断るならともかくも、後からというのは何らかのわけがあるのだろう。と普通なら考えられるが、このBには過去に暗い実績がある。「断られた」事実を知ってからの私は、暗い気分を拭い去るのに半日ほどかかってしまった。

 Bはコンプレックスの塊というのか、以前から人を排除する癖がある。
 コンプレックスは劣等感と優越感の絡みあいであり、今回の断りは「優越感」に属するようだ。BはかねてよりAを軽視する態度を見せており、私にもその意思を口にしていたことがある。
 数としては、劣等感を覚える相手の対しての排除活動の方が多い。もう30歳を越えたBが、学生中心の団体で優秀な学生たちの失点をあげつらって追い払ったりとか。いずれにしても、自分のプライドを守るために人を遠ざけるメカニズムは同じだ。
 「勝ち目がない、敵わない」「この程度では俺の相手じゃない」要は、逃げている。
 ああ、やっぱりこの男は・・・

 いっぽう職場では、自分のプライベートを徹底して隠そうとする後輩がいる。人の話はあれこれ聞きたがるくせに、自分のことは聞かれてやっとしぶしぶ答える程度だ。
 「いやいや、言うほどのことではないですよ」
 と、逃げの手を常に打つ彼女に、さすがに「君は謙虚過ぎる、自信を持てばよいのに」とアドバイスしてしまった。
 技術も語学も堪能な才媛だが、よほど負の教育を受けてきたのだろうか?あまりにも自分を晒した後の反応を恐れている。時には簡単な会話の中でも過剰に防御反応が現れ、「それはどういう意味ですか?」「対処は出来ているんですか?」と相手の対応の隅々を先に見てやろうという神経の細かさが出てくる。

 とはいえ、彼女は謙遜した態度が主であるから、「よっしゃ、俺が自信つけたるか」とプラスの気分で接し得る。何かしてもらったら感謝の意を述べたり、あるいは小さな事でもうまく絡んでもらえるようにして、自分の存在価値を納得してもらえる環境を作ればよい。

 が、冒頭のBは、残念ながら救いがたい。
 同じプライドを防衛する本能であっても、「排除癖」は他者を攻撃して否定する行為だ。勝ち目のない敵?と判断されたら、聞いたふりはしてくれても、話の内容どころか謝辞も行き届かない。
 事実、私自身も劣等感の対象としてBの排除活動を受けたことがあり、確かに私が悪かったこととはいえ、その時は一切の弁解を受け付けてもらえなかった。『いま、敵わない相手が失策をしている。確実に封じ込めないと…』との思いだったろう。(結果的には、私も弱ったが、Bも一時的にその団体を遠ざかることとなった。)

 この手の人は避けるしかないのかと、諦めがついたところで、やっと暗さから抜けられた。
 人はみな、自信がないものだ。
 

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