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答えのない話と難しい話

 「答えのない話をされるから、うなずきようがないんですよ」と職場の新人から苦情が。

 彼女はしっかり文句を言うし、私をダシにして笑うこともできるようになった。が、話の内容だけは、どうもマスターできないらしい。(もちろん、する義務はない)

 たとえば「三十路にもなると人付きあいが変わるのか」とか「この仕事に俺の能力は適応していても、性格はついていってへん」などのボヤキがそうだ。22歳の彼女には答えようのない感想を投げているだけでは、そういわれて仕方が無い。

 ところが、客前やその他の第三者が居る時には、けっこう受ける話題をふっては落ちをつけている。
普段の会話とのギャップにウンザリしたのだろうか。

 「難しい話でわからない」とも指摘された。
 
 これもまた、ギャップを感じられているのだろう。
 説明や意見・判断を求められた時には、しっかり解説するので好評を得ている。「近藤さんって、頭いいですね」と言われると、さすがにバカにされたのかと思うが(笑)。

 問題は、その後だ。
 「戦国武将でいうとこういう立場やなあ」「野球でいうとこれこれしかじか」
 と込み入った例え話をしてしまう。

 どうも俺は、身内環境だったりあまりに酔いが進んだ場合、自分の得意分野に話題を誘い込む悪い癖がある。それを期待している相手ならいいが、切り分けていくのが今後の課題だろう。

 一生勉強ってことや。 

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モテなくても(モテても)良い幸せ

 ここ最近、さらに仕事関係以外の人とのやり取りが減っている。

 大学を卒業して東京に出て4・5年目ぐらいまでは、退社後の時間を消費する交流の98%ぐらいが社外との人間関係だった。
 学生時代からのボランティア活動づきあいを始め、職業柄、他社を含めてオンラインの関係から手を伸ばすなど、様々なルートから人脈を広げてきたのだ。
 だが、実体としてはあまりにも薄い薄いものだということを、あらためて認識している。

 重ねて、以前の俺が特異だったと言うほかない。
 多くの人々は生活圏内の範疇で人間関係をはぐくみ、その相互理解の深さで幸せを味わう。社縁、地縁、血縁、色々あるだろうが、それぞれが得た宿命にうまく沿って、絡み合っていくのが普通である。

 人脈の広さは、事業を達成する手がかり、つまり社会的な要素としては確かにプラスだ。とはいえ、個人の安寧を保つための基礎値としては当てにならない。
 俺自身、私事のみで名刺を1200枚ほど頂いたが、顔が完全に一致するのは半分、連絡が取れるのはその半分、実際に友人と言えるのはそのまた半分といった具合だ。

 30歳になる同級生たちのなかで結婚しているのは、むしろ行動範囲が狭かったと思えるタイプに多い。
 5年ほど前の同窓会、高校時代のクラスメイト・Nがこう言った。

 「近藤、新幹線乗ってきたんか。俺はほとんど乗らへんしなあ、うらやましいわ。」

 Nの発言は動きの少ないヤツやと自嘲しているように見える。だが、Nは25歳の時点ですでに妻子もちで、なかなかの男前である。つまり、いろいろ動かず目移りしなかったことが、早くにいい嫁さんをもらう、つまり相手を絞り込む結果を生んだのだろう。(ちなみになりたい職業アンケートで「職人」と書いたのはNと俺だけだった。この違いはなんだろうか?)

 付き合いたい・結婚したい相手を絞らないのは、ほんとうに「モテる」奴か、「モテようと思っている」奴のどちらかだ。ここで言う「モテる」の範囲は、異性はもちろん同性からの好意・人望をも含む。
 となれば、俺は愚かにも、後者のにおいが強かった。

 さらにモテようと思うから、行動範囲を広げる。
 メアドや名刺をいっぱいもらえるように振舞う。

 だが、これの繰り返しになれると、一瞬の注目を浴びたり、人間関係の発端が生まれるだけで満足するようになり、深い人間関係が生まれにくくなる。
 なにより、自分と深い関係を持ちたいと思ってくれている相手から、その広さ(薄さ)を嫌われて敬遠されることだろう・・・

 数や量ばかりを追い、永遠に心が休まらず満たされない悪循環。
 お金の世界でいえば一部の投資家や目標管理主義者と同じような、人脈拡大主義者も似たような不幸?(あえて?をつける)に見舞われる。欲の鎖から抜け出せない。

 そう思うと、連絡が減った状況は悪循環から抜け出す大チャンスではないかと。
 頭の中ではわかっていたことが、やっと心底から感ずるようになってきた。
 すくなくともNは、俺より5年早く気づいていたのだろう。 

 しばらく、己を追い込んでみようと思う。
 今までよりもっと、人の流れを自然に任せてみる。

 自ら広げるという欲はさらに捨て、あるがままを受け入れるべし。
 そう考えているこの頃だ。


参考:以前の拙筆:モテない男になりたい

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