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会社の中の小さな恋の話

 しかしまあ、勤め先は社内結婚の多いこと。同期26人中7名(同期内2組)と、高打率である。奥様に元部下をもつ管理職は、俺が知っているだけで3名。500人程度の会社でこれだ。

 珍しいことのように思えるけど、実はそうでもない。

 江戸時代いや昭和の初期ぐらいとかであれば、数百人の村の中で祝言を上げることよくあっただろうし、自分の家系をたどっても、祖母の妹などは従兄弟(つまり曾祖母の実家に)に嫁入りしている。
 また、昔の結婚式は「人前式」が主流であったという。
 生活空間、世間をともにする人々を招いて、二人がともに歩んでいくことを宣言する儀式。まさに披露宴といえる。先述の祖母も「人前式」だったことが、60年前の写真に伺える。

 だいたい、生活時間の多くをともにして、自然と愛情が込みあがっていくのが普通である。それがヒトの本能だ。俺のような、他市出身在住かつ他団体所属者しか付き合ったことがない人間のほうが、そもそも珍しい。


 社内結婚といえば、後ろめたいイメージが付きまとう。まわりからいろいろ言われるのを嫌がるのだろうか、知人の男性も同僚との結婚を一切報告せず、恒例である同期うちの飲み会も行われなかったという。
 実は、俺も色々言われるのを嫌がるたちで、「クラス(ゼミ)内」「社内」とかいわれると、どうも二の足を踏んでしまう。その結果、人間関係が悪くなって、自分自身も不利な目に合うのではないかと考えてしまう。おそらく、そう悩む人が現代の主流だろう。

 「お互いが怒られている姿を見たくないから」
 と、社内結婚をしてから前の会社を辞めた元上司。

 そう、いまの会社組織、難しく言えば資本主義の発想では、夫婦であっても労働者同士であれば、ときに競争相手にもなる存在とされる。少しでも多くの収益を経営者を通じて資本家に提供するのが優秀な労働者であり、給与も高くなるからだ。
 資本主義とは、職場恋愛に対しては実に冷たいものであり、近くの異性を愛しやすい動物・ヒトの本能から遠く離れた存在だと思う。(共産主義はもっと冷たい。労働者同士は対等でしかなく、その意思は無視された存在であり、計画生産活動の邪魔になることは恋愛結婚以外の生活も制約される。)

 同じ土地や空間で、自然に生じた相性を育んで何が悪い?
 なんにせよ、歴史物でみる夫婦のほうが幸せに思えてしまう。他の家族との政略結婚で生活を守る貴顕諸侯や大商人のそれではなく、一般庶民のなれ初め話に温かみを感じる。近場でくっついたとしても、文句がいわれにくいのだ。
 それが「自然」だからである。


 今月末で一人の同期が辞める。
 転職で東京を離れる元同僚の夫についていくためだという。
 これで夫妻ともに当社を去ることになり、わが勤め先は本気で甘い。

 だが、いい話ではないか。
 ヒトの本能を肯定している。

 気がつけば、クリスマスが終わっていた。
 ヒトの本来の姿から遠いのは、俺のほうだろう。
 まあいいか。

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