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母は、味噌汁の具で引き継いだ。

 そう、会社が忙しかったから、ここのところブログも書いていない。今日も、明日の徹夜勤務(つまり午後出社)による自分の不在に備えて、後輩への引継ぎ資料をメールで送ってから退社したところだ。
 もうすぐ1年経つとはいえ、まだ新人。困った時の連絡先と、関連人物への写し(Cc: )までつけて、指示内容を書き残した。

 引継ぎ、か。
 帰りの電車の中、子どもの頃を思い出していた。
 
 かぎっ子で一人っ子という、生育環境が決してよくなかった私だが、それでも母の小言は嫌というほど覚えている。決して残業しない人で、午後 6時には帰宅していたからもあるのだが、それ以上に大きいのが、私への「引継ぎ」の徹底振りである。

 「大介へ、ご飯は棚に置いてあります、炊飯器のスイッチを切り忘れないように。」

 こういう書置きはしょっちゅう見ていた。
 もっとも小学校の低学年ごろは、近くに住む祖母、つまり母の母が土曜日には我が家に訪れて、昼食の世話をしてくれていたが、さすがに高学年になると「自分のことは自分でやれ」の両親総意の方針の元、独立(+自尊)教育が展開された。
 結果、いまもなお、一人暮らしが楽になって、三十路になっても縁づかない自分がいるのだが(笑)。


 小学校 5年の頃だったと思う。
 家庭科の授業が父母参観の日に選ばれ、親子でメシを作れというお題が掲げられた。

 この話を聞いた俺は、子ども心に嫌な予感がしていた。あの作文のことを思い出すと、のうのう?と専業主婦をやっている友人の母たちが憎らしくなってきたからである。
 
 作文とは、これより少し前に家に帰ってからの会話を文章にしろとの宿題のことだ。俺の場合、素直にかくと、かぎっ子一人っ子の最悪のパターンになる。
 友人と遊んでいる時間はノーカウントだから、家のドアをくぐってからが勝負だ。

 となると・・・俺は「ただいま」を言わずに帰宅する子だから・・・原則に従えば、どうしても無言から書き出さねばならない。
 無言のあとは、母が帰宅して「今日何があった」のいつもどおりの引継ぎ会話。その後は普段の親子?に戻り、父が帰るとさらに盛り上がるか、適当に夫婦喧嘩に突入する。まあ、原稿用紙一枚だから、夫婦喧嘩までは含まれないが。

 出来上がりを見た母は、とたんに泣き崩れた。
 「あんた、これ何ちゅう話や。全部書き直しい!」

 たまたまその日はサヤインゲンの皮むきを手伝わされていたので、その時の会話内容に差し替えとなった。こう言われては母ならぬ、デスクには逆らえない。


 運命の家庭科参観日が来た。
 確か5限目と6限目、午後1時前後から2時半ぐらいまでだったと思う。(給食時間・昼休み+5限目か4限目+給食時間・昼休みだったかもしれない。)授業開始時、当然我が母はそこにはいない。
 半休(ただし、当時の俺はこの用語を知らない)をとって、6限目には間に合わせるようなことを言っていたが、あまりアテにしていない。「親は居なくて当然」の姿勢は、すでに普通のものになっていたからだ。

 献立はシンプルにご飯と味噌汁、プラスおかず2品(覚えていない)。90分(プラス中間休憩10分)あれば、米をとぐところから試食まで十分にできるとのことだろう。
 米の準備はまあいい。だが、一班8人とその親となると大所帯だから、意外と味噌汁の準備に手間がかかる。具は各家庭からの持ちよりで、マツタケを持ってきたバカもいたが、おおむねオーソドックスに油揚げとかわかめ、ネギも忘れずに用意されていた。

 せっせと材料の切りこみに励むクラスメイトとその親たち。だが、近藤家から供出した労力は俺一人だけなので、肩身が狭い。
 と、思っていたら、持たされたパッキンのことを思い出した。
 「お味噌汁仕込むときになったら、これを出しや」と、母からの引継ぎ事項が。

 あけてみると、すでに切られていた油揚げやわかめが4人分ほど入っていて、それを友人の親たちに「お母さんから持たされたんや」と差し出してみた。
 
 「いや、近藤さん。わざわざここまでしてもろうて。偉いことやわぁ」
 と正直に親たちが感嘆しているのが、クソガキの俺にもわかった。出社前に仕込んでおいた自分の労力を私に引き継いで置いたのである。

 しばらくして到着した母は、すぐに輪に入りこんで、次々と作業を他の親子とともにこなしていた。「味噌汁の具」効果はちゃんと出ているようだった。当然、俺の居心地も随分良くなっており、参観授業は盛会を迎える。そういえば、これ以外の参観日について、俺の記憶に残っていない。


 兼業主婦の面目躍如といったところだろうか。今思い出すと、「我が母偉し」と思う出来事である。

 まあ、そんなところが俺の「引継ぎ」策に出ているのかもしれない。自分が不在の時はしっかり準備をする。だが、マニュアルは作らない。「自分で考えろ」「それでも、わからんことは調べたり、聞け」そういう教育思想だ。

 あれから20年近く経ち、我が母もインターネットなるものに接するようになった。
 職業上でPCを使うことがあった彼女は、ブラインドタッチが十分にできる。かな入力だったのをすぐにローマ字入力に直してきた(つまり英文タイプの経験もあった)。さすがは自分でできる人。
 だが、たまに実家に帰った俺にこう聞くのだ。
 「大介、旅館に予約するメールの内容どないしょう」
 
 お母さん。そういうことこそ、自分で考えてくれ。

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