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5日で退院の母。

 「FAX送るで」

 だから、何送んねん。

 数時間前の話。
 FAX番号が電話のものと同じと、今さら気づいた母。
 携帯電話から伝わる声を拾ってみると「診断書の一種」らしい。
 あ、外出許可もろうて家に帰ってるて言うてたよな。

 「○○って先生の名前書いてはるやろ?」

 だから、まだ出てへん。

 しばらくして、
 先に見えてきたのは、『入院診療計画書』というタイトルと、母の氏名。
 続いて、病室名、主治医以外の担当者名(=看護師)、

 そして病名。
 読みにくい字だが、『大腸憩室炎』だそうだ。

 ちょっと調べてみる。

 大腸.comという大腸の総合サイト?をうたったページが現れた。
 大腸けいしつとは

 父の説明では「食道と小腸にはあるが直腸にしかない」と聞かされていたものだから、小腸憩室炎だと思っていた。だが、大腸のほうらしい。腸の外壁にあるくぼみに何らかの最近が入り、炎症を起こしたのだという。
 右下腹部に激痛を感じた母は、徒歩10分以内にある総合病院に父に車を運転させて行ったのだろう。(ただし、地元以外での母はおそろしく良く歩く)さらに、初日と2日目の断食は堪えたようで、めずらしく一日に三本の携帯メールが飛んできたものだ。
 の割には、電話声はえらく普通どころが、軽快である。

 さらに「入院診療計画書」を読みすすめると、
 症状、治療計画(点滴加療としか書いていない)、検査内容および日程とある。

 次の手術内容及び日程の項には、
 『経過により必要な場合あります』
 とシャム文字とアラビア文字が混じったような字体で書かれてあった。

 「え、必要って読むんや」

 どうも、母も父も解読できていなかったらしい。
 いまさら手術の可能性があったことに驚いているようだ。
 俺に判読できるレベルで送信してくれたFAX技術に感謝する。

 推定される入院期間の項には、2週間程度。

 あ、明日の退院は5日目やから、予定の3分の1で済んだのか。
 父いわく「よく来はりましたねと言われるほど、早く通院したのが良かったらしい」とのこと。点滴経由?の抗生物質も良く効いたようで、手術の心配など遠い話になったようだ。

 で、最後に主治医の名前と捺印が出てきた。

 FAXを送りざま「先生の名前が書いてはるやろ」と言うていた母、この書類をまともに読んでないことが判明した。
 おそらく、それぐらいの気楽さのほうが、細菌も嫌がるのだろう。

 さすがに10日もたたずに実家に帰ったことはなかったので、悩んでいた所だったが、
 おかげで、親不孝にはならずに済んだ。

 食物繊維を摂ると、憩室炎にはかかりにくくらしい。
 みなさん、どうかお気をつけを。

 って、一番危ないのは遺伝性もある俺か。

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mixiチェーン日記について思う。善意の風評が悲劇を招く?

 やっぱり出て来たかという思いだ。

 Web2.0時代の“脆弱性”――mixiチェーン日記はなぜ広まったか:ITmedia

 mixiは、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の国内最大手であり、その利用には知人・友人の紹介を必須とする。登録者数はだいたい400万人。
 簡単にSNSを説明すると、個人ホームページが開設され「マイミクシィ」と呼ばれるmixi会員とのリンクシステムがあり、知人友人がいればここに登録する。自分が相手の登録依頼を承認するケース、その逆も当然ありだ。

 で、今回のチェーン日記というのは、その「マイミクシィ」に登録されている人限定にお知らせします。といううたい文句が影響範囲を広げたという。
 
 送り主はマイミクシィの登録者だから、当然知人友人である。
 そこで、「この警告メールを(マイミクシィに登録している友人)全員に送って」と書いてあれば、性善説の発想をとるなら、「あ、知らせてあげなきゃ」の気分でマイミクシィの全員に発信してしまうだろう。

 ・・・また、この手か。

 今回の場合は、遊び心から生じた「ネタ」であるそうだが、(だいいち、「ワームというウィルス」なんて表現は、多少IT知識をかじった人ならばれてしまう。)仮にこの現象を、悪意で利用したらどうなるだろうか。
 
 根拠なき風評でも、知人友人からの情報であれば信じやすい。
 mixiなどSNSはそうした「信用筋」について、各個人が電子上に設定するツールといえ、口コミの媒体が実際の会話から、デジタル符号に代わっただけとも言える。

 となれば、悪意での利用もたやすい。

 日本人として恥ずかしい話だが、関東大震災の直後には、根拠なく朝鮮人が各地で殺害されたという。「焼けた家からの財産を狙ってる」とか、大小あわせて様々な彼らに対する冤罪情報、つまり根拠なき風評が流れたことだろう。
 発信源が単数か複数かもわからないうえ、それが善意であったかどうかはわからない。
 はっきりといえることは、朝鮮半島を占領下に置いているという潜在的な「悪意」への自覚があり、混乱に乗じた朝鮮人からの反撃を予想した人々が多かったことだ。で、その反撃に対して(過剰な)自衛を呼びかけること自体は、明らかに「善意」である。

 マスコミだけでなく、知人友人からの口コミも恐ろしい伝わり方をすることがある。もちろん、理論だけで塗り固められた情報より、個対個の関係にこそ存在する情念、つまり人々の行動予測をも含めた情報のほうが正確だという見方もある(本来の「情報」の意味に近い)。
 が、知人友人間だけで伝わった情報は、どうしても情念を増幅させてしまうものであり、本来の目的を大きくそれることが少なくない。なにより、知人友人であれば、さきほどの「悪意の自覚」を共有しているケースも少なくなく、過剰な自衛手段が他者への攻撃に転ずる可能性がある。
 だいたい戦争の発生起源って、そんなもんと違うやろか?

 口から発する言葉や手紙の文字程度にとどまった、以前の口コミならまだよい。SNSでも、一対一のメッセージならいいだろう。だが、多数の友人知人への一括発信については、その扱いは慎重にしたほうがよい。一瞬で受け手へに対する責任が発生してしまう。
(MLであれば、元々が一対多通信で広告的な利用方法が認知されているから、受け手からも適度に無視してもらえる。が、SNSの一括発信の場合、受け手側が発信者との個対個の関係を重視してしまうため、後の人間関係に大きな影響を及ぼすといえる。)

 もっとも「受け手側が良く考えないのが悪い」という考えもありだが、当然ながら自分が受け手となった場合も責任を取らねばならないので、なにとぞご注意いただきたい。

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サッカー日本代表、負けて何が悪い?

 タイトルで多くの人々に怒られるだろうが、俺だって負けて欲しくない。

 負けたところで、応援している各人が何を失うわけでもないのだ。
 
 もっとも、W杯ツアーやってる旅行代理店とか、スポンサー各社、便乗商戦にかけた各社は「予定利益」を失ってしまうだろう。
 が、個人で「高原が決めなかったから、川口がキープできなかったから、俺は100万失った」という奴は聞いたことが無い。(賭け・トトカルチョの類は、ここでは割愛する)

 そう、戦争で負けて、人が死に自然や家屋が破壊されるよりは、間違いなく良い。
 (ここでも、米軍による憎き名古屋空襲がなければ父が京都に移り住んでおらず、俺が生まれなかったという事実は割愛する。いまでも彼らの戦争商売癖と、ある意味での日本占領は終わってないようだが。)

 と、当然のごとく納得したようなことは書いてみたが、
 スポーツでは、ひいきのチームに勝ってほしいものだ。

 まだ、前の家を借りていたころ、阪神が中日に大逆転負けを喫したので、おもわず壁をどついて穴を空けてしまったことがある。家主の温情もあり、その修理代以外の敷金は返ってきたのだが、修理代としての敷金を失ったのは間違いない。

 スポーツはスポーツである。
 勝手に私有財産まで失っていては、アホこの上ない。
  
 ・・・

 結果として、恥をさらした文章になってしまった(汗)

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貫くか媚びるか。

 ある異業種交流会の企画で、わが地元・宇治の茶商を見学して売り上げ提案?するという、体験型勉強会というのが行われた。
 次期当主である専務いわく、「当社は京都府産茶葉のみを使用した合組(ごうぐみ・ブレンドのこと)で本物を提供している。また、抹茶使用菓子はすべて自社開発・製造品で、味にも製造工程の確かさにも自信がある」とのこと。また、「老若男女に喜んでもらいたいが、所詮お茶は嗜好品、その良さを強要するものではなく、京都府産限定についても味わいがわかるのは何割にとどまるかもしれない」との説明をうけた。

 時勢に媚びていない。これが良い。

 私が発表を担当した班こそ漸進策だったが、他班の売り上げ向上案はすべて革新的だった。ポイントカード制の導入や旅行業者とのタイアップ、24節季ごとの合組+茶器セット販売まで勧める意見まで出ていた。ただ、多くの意見が、西洋でいうところの「ビジネスライク」であり、宇治旧市街にある築100年以上の本店家屋とは、違和感のある内容が多かった。

 やはり、25歳の次期当主のコメントは複雑だった。

 「茶業界のしがらみや複雑な側面は説明しないままご提案いただきましたが、要らない伝統はすたれます。常々の改革が必要であり、みなさんのご意見を参考にさせていただきます。」
 
 一貫して媚びていない。

 一方でこの企画をコーディネイトした同社社員が別の複雑な表情をした。
 彼は、IT系広告会社をやめて関西にUターン、同じく宇治市内の実家から同社に通っている。HPやネット通販、商品企画や営業企画など多彩な活躍をみせている。が、次期当主との対立はしょっちゅうらしい。当主親子などとの摩擦の連続が彼の表情にも伺えた。

 主張を貫くことはお互いに疲れるが、考え方や方向性が切磋琢磨される。
 その中で納得いくものは実現されるわけで、この「伝統」と「改革」のせめぎ合いが美しい。
 古さと新しさを貫き合うことが、良いものを生むのだ。バランスが必要である。


 企画が終わって懇親会へ。
 今度は、媚びる生き方の話になってくる。

 参加者の一人に、ある証券会社社員がいた。
 この会社は、大阪発祥の大手に押されているらしく、関西での営業は苦戦しているらしい。

 が、彼女は成績も上々だという。
 その秘訣はすぐにわかった。
 媚び上手である。

 話していてしばらくすると、
 「今度東京行ったとき、案内してもろうていい?私、ディズニーランドいきたいねん。」
 と、俺のひざをツンツンと突付いてくる。

 何だコイツは?
 でも、この攻撃に耐えられないオッサンは多いらしく、
 「じゃあ、この銘柄買いましょうか。(ニコニコ)」
 で、あっさりと売買手数料を獲得するそうな。

 どれが得するかなんて誰も保証できない買い物である以上、決断するひと時だけでもいい気分にさせるのは、サービス業の基本として正しい。(もちろん、納得してもらえる説明が必須だ。)営業支援に出た時の俺も、20歳上の奥様に契約を取り付けたことがあり、発想は似ている。

 とはいえ、媚び攻勢が通用しない相手もいるわけで、
 そこは彼女の賢さで使い分けているようだ。

 こういった「媚び」を生かした働き方をする女性(いや男性も)はどこにでもいるが、(身近なところでは、俺が昨年新人教育を担当した後輩もそうだ、先輩社員から情報やスキルを引き出す時に利用する。)それはそれでありだろう。
 だが、同性に妬まれたり、あるいは「媚び」を使わなかった異性(この場合・男性)からの、強い不信感などのデメリットは確実につきまとう。
 事実、職場の先輩などは、このタイプがある男性社員に対して「媚びる」姿をみて、「あいつらは付き合ってるんじゃないか」といちいち俺に報告してくるのだ。面倒くさくなったので、「俺も彼女から似た目にあわされましたから、多分彼らは付き合っていません」との事実を教えたら、ようやく収まった。前回のブログでも述べたとおりである。


 要は、とる行動が「貫く」タイプか、「媚びる」タイプであるかの自覚が必要で、
 各タイプのメリットとリスクについて覚悟した上で動けばよい。

 それでこそプロだ。(よく聞け、わが愛弟子?よ・笑)

追伸:
 個人名は伏せましたが、勝手にネタ元にさせていただいた以上、各社の宣伝ぐらいはさせていただきます。特に中村藤吉本店の「生茶ゼリィ」は美味です、一度お試しを。
 宇治の茶商=中村藤吉本店
 証券会社=日興コーディアル証券

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豪州人と女後輩と個人情報消去作業と夢とか何とか

なんだかわからなくなってきている。

サッカーワールドカップで日本代表がオーストラリア勢に負け、
ついでに祖国の勝ちを自慢した阪神投手のジェフ・ウィリアムズが、
みごとに楽天イーグルスに勝ち越し点となるヒットを立て続けに打たれる。

オーストラリア人はケンカを売っているのか?

と、思うているうちに、
ある先輩の陰うつ感に付き合わされて、
ダブルパンチでブルーになっていたのが昨日の夜まで。

で、その先輩が、
「なんであの子はあそこまであの男にすり寄るのだ?付き合ってるのか?」
としつこく言うもんだから、
「俺も彼女から似た目にあわされましたから、多分彼らは付き合っていません」
と返してやると、 
余計に先輩が意気消沈。

職場では、
顧客情報を消去したり、社内システムのアカウントを消すという、
今はやりのセキュリティ対策の一環、となる地味な作業を続けていた俺。

最近はこんな感じだろうか。

ことも無き日々が続いている。
これはこれで幸せだ。


一方では、学生時代から付き合いのある友人(大学が違う後輩)が、
地方選挙に出る話を聞いたり、

あるいは、本気で社会性の薄い友人(32)が、
なんとか司法試験に受かって、修習生をやってる話を聞いたり、

それぞれの道をあゆみだしているという。 

なんなんやろうか。

以前にくらべて生身の野望がなくなったというのか、
知っている友人が次々と顕職に就いたからだろうか、
なんか、どっちでも良くなってきている。

「幸せ」
という言葉に敏感な、特に後輩女性社員たち。

形を追うのが「東京」という街だと知らされたのは随分前やけど、
モテる子ほど、幸せに飢えているように見えるのは何故だろうか。

この辺りがわかれば、俺の東京卒業?は目の前だ。

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不合格の価値。

 「そういえば、シスアド資格もってるんだって、俺も取ろうかな」
 と話し掛けてきた先輩に、

 「持ってますけど初級です、先輩ならすぐ取れますよ」と答えた。

 よく周囲にも話すことではあるけど、ある行為の許可を受けるもの(=たとえば医師免許とか自動車運転免許)ではない限り、資格は経験の後についてくるものだと思っている。先述の資格にしても、幸いにして私がそのような職務についていたから取れたものであり、その知識や見解は、勝手に職場の同僚やお客様からもらったものだと言える。あらためて感謝せねばならない。

 だが、この初級システムアドミニストレータ資格は、勉強する形でも十分にとれる出題範囲であるようだ。
 同じ大学の文系を出た後輩が、それという職務経験もなく学生時代に合格したというから、まあそんなものだろう。もっとも、彼女は才媛であり、この手の知識をすばやく身に付けられるポテンシャルがあったのだが。

 では、こういった形で資格を取得する人がいる一方で、勉強しても試験に落ちる人がいるのも事実だ。
 現に私も、情報セキュリティアドミニストレータ試験については不合格通知を受けている。

 「不合格」という結果もあるもんだから、その資格に合格したということに価値が生まれ、客観的評価材料としての担保が生まれるのは間違いない。

 ただ、その資格が「免許」でないかぎり、合格にしたからといってその仕事の出来が良いとは限らない。
 不合格の理由にしても、向き不向きの問題のほか、たまたま出題された範囲をカバーできなかっただけかもしれないし、文章能力がずれていて試験官に納得させる筆記回答ができないというケースもあるだろう(事実そういう先輩が別にいる…話すと明快、書くと迷解)。

 資格とはそんなものだ。
 便宜上、ある一定の知識・技能の範囲を設定しておいて、その枠内でどれだけできたかを競わせて、上位者を認めるという仕組みだから、今後とも能力が保証されるものではない。過去の一時期の能力を示す情報に過ぎない。
 
 と、こんな言い方をしてしまうのは、ガキのころから俺は「資格」というものが嫌いでならなかったからだ。
 致命的に短期記憶力が悪いせいもあるのだが、水泳、そろばん(結果は連盟3級)など、民間の技能検定に負けつづけた負い目のほうがはるかに強い。要は、ひがんでいる。

 だが、今思えば、不合格になったからといって、なんらかの不利益があっただろうか?
 むしろ、不合格でも、受験のために身に付けた知識や技能は、確実に別の分野でも生かされる。

 つまり、資格の価値は、合否に関わらず「努力の認知」という側面にある。

 資格があれば、知識・技能を向上する目安になる。
 俺のような変人はともかくとして、多くの人々はなにかの「よりどころ」を求めるものだ。単に内的努力の自認だけでは、職業的プライドや向上心を保つことは難しい。だから他認の手段として「資格」が発生したのだと思う。(本当かどうかは知らんが)

 たとえ、その示された出題範囲が現状からずれていたとしても、それを補う個々の職業人の努力がやはり別の知識や技能として蓄積されるだろうし、どうみてもプラスだ。資格が別の派生知見を生むこともある。(シスアドなんかは、この「ずれている」部類かな)
 さらに続けると、民間の技能検定(マイクロソフトがやってるようなやつ)のように、ある企業や勢力が保有する技術を外に漏らさない目的をもつ資格についても、それを勉強した人々が検定企業を凌ぐ技術を身に付ける可能性をはらんでいる。
 つまり、その知識や技術のアホらしさに人々が目覚める可能性をも、「資格」は提供してくれる。

 「まあ、落ちても知識がつくからね。君を目指して勉強するよ。」

 自分が持っている資格について言われて、やっと価値がわかった。
 同じことを後輩に言われたはずなのに、先輩に言われてやっと深く納得できた。
 (先輩も一種の「資格」であり権威であることも、あらためてわかった。)
 
 相変わらず、オレはアホやな…
 まあいいか。

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