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「いじめ」の理由

 いろいろ参考文献をひっぱろうかと思うたけど、やめた。
 俺の経験で書く。(が、個人性を消すために、一部フィクションを交えておく。)

 京阪神圏某所。我が故郷は複雑な土地柄である。
 特に、東京圏の方には想像しがたいだろうが、よく大手企業の人事部とかが掲げている「人権擁護」の対象になるような光景をよくみかける。
 今でもそうだから、おれの子供の頃(もう、20年ぐらい前になるのか)はさらに露骨だった。

 子どものころは、いじめられたり、いじめたり。
 いじめられたら、やりかえす。5回中4回は成就したはずだ。

 『やりかえし』が成功したとはいえないケースが、2例だけある。
 そのうちの一例が、先述の「擁護」にかかわる状況だとわかったのは、随分後のことだった。

 A君とは仲の良い時期も悪い時期もあった。
 小学生時代は互いの家を行き来したが、中学になってから、なぜか俺を狙い撃ちするようになる。
 といっても一対一だから、『いじめ』のうちに入らないかもしれないが。

 ともかくも、しつこい。
 朝の登校時というのに、何度も何度も傘でしばいてくる。
 こういう相手には、衆目の前で叩いてやるに限る。
 校門に入ったとたんに一気に逆襲してやった。

 が、今の俺ならわかるが、この発想は拙い。
 恥をかいたと思ったAの攻撃は、より頻度を増した。

 百年戦争が見えてくるとアホらしくなり、俺はやられるに任せるようになった。

 …
 その光景をみた我が父が切れて、Aと俺を殴り倒した。
 『どっちも情けないわい』

 俺は一切の弁解をしなかった。
 最近になって、すでにやり返したうえでの状態だったことを話したが、父は一切覚えていない。まあ、そんなことは良い。ショックだったのはAの出自だ。

 ずっと地元の母に、Aが「人権擁護」の対象にあたることを聞かされる。

 思い出せば、Aはあたりかまわず人を攻撃していた。
 そうか、Aはうっぷんがたまっていたのか。

 Aの存在は俺が地元の公立高校に進学した時点で、多くの同級生から忘れられる。
 当時の年間学費はわずか8万円。それでも、進学させるだけの余裕がなかったのかもしれない。
 誰それを妊娠させたとか、根拠不明の噂だけが残った。


 俺の想像があたっているなら、「いじめる」側も何かに追い詰められているという典型例になる。
 『人権擁護』の対象、すなわち子ども自らが被差別と自覚した時点で、いじめられるか、あるいはいじめる側に回るかの確率がぐっと上がる。
 子どもにしてみれば、自分には責任がないのに、社会生活が狭められた気持ちになる、つまり絶望だ。被虐自責型の人(いわゆるM)なら、気が弱くなったところをいじめられる。加虐他責型なら、いずれ暗い目でみるであろう周囲に先制攻撃をしかけるだろう…
 
 仮にある人権擁護ネタつまり差別ネタを撲滅したとしても、別の尺度が登場するのは間違いない。職業、学歴、容姿、情報リテラシーとか色々な差別予備軍がある。
 最近になって「いじめ」が増えたのは、この新たな差別尺度が影響しているのだろう。貧富の差とか、子供同士でもわかる境遇の違いがそうだ。貧乏なら貧乏の苦楽、金持ちには金持ちの苦楽があるはずだ。「勝ち組、負け組」といわれて久しいが、片側にしか良さを見出せない視点こそ貧しいのではないか。(そもそも、総中流社会になったこと自体が奇跡だと思う。)


 あらためて、A君がらみの話を。
 時間をさらに巻き戻して、仲が良くなる以前のAとは知り合い程度の関係だった。

 小学2年生ぐらいだったと思う。
 いろいろとバカにされた弾みに、
 『もう死んだるわ』と、俺は教室の窓の枠を越えようとしていた。

 『ほんなら、死んでみい。』
 さらりと言ってのけたのは、若干7~8歳のAだ。
 
 子供心に、注目を受けられないのなら行動を起こしても無駄だと、すぐにやめた。
 すると、Aは俺を責めなかった。むしろ仲良くなった。
 
 思い返すと、Aはなかなかの好人物であることがわかる。つまらぬ伝統による差別が彼を屈折させたと考えるのは、このあたりにもある。ほんまに良えヤツやったのに、余計なことを後で知ったから豹変したのだろうと。
 もし本当にそうだとしたら、なんとも嫌な話だ・・・
 (差別が原因でいじめ側に走ったと考える俺の発想自体が「差別」だというのも事実だ。難しいところではある。)


 話をもどすと、Aの『死んでみい』発言は大いなるヒントだ。
 いじめを苦に自殺を選ぶ子どもが増えているのは、
 『最後に目立ってみせて、周囲に知らしめてやる』との思いがあるからではないだろうか。
 そら、ここまでマスコミや官公庁が騒げば、そう思うわな。
 
 …生きてるうちに、文句つけろよ。…こっそりで良えから。
 もし、これ読んでる若者がいたら、俺にメールくれ。
 直接行って助けるのは難しいけど、知恵は出せるから。

 報道がエスカレートすればするほど、
 「いじめ自殺」をある種の解決手段??として捉える子どもは増える。
 人権擁護を叫べば叫ぶほど、
 「こういう人は差別される対象なんだ」という意識も代々受け継がれてゆく。

 そうすることで儲かる人がいるんだろうか。
 儲かる奴らを叩き潰すことが、本当のいじめ撲滅かもしれない。

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