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果たして俺も天才か?(ケンドーコバヤシを語る)

 職場の後輩が面白いというので、漫才師・品川庄司の品川祐が書くブログをのぞいてみた。

 …面白い。
 中でも、この記事にはいろいろ考えさせられた。

 天才ケンドーコバヤシ

 しゃべらなくても、人を笑わせられる鬼才・ケンドーコバヤシは、努力をする前から既に芸人であり、達人なのだ。すでにテレビで見たネタを、うめだ花月で生で見たことがあったが、それでも面白い。人格すべてを芸にしている。いや、勝手にそうなっているというのか。

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喫煙室とか飲み会とか、社内交流の価値が下がっていくこの頃

 私の勤め先では、いや他でもそうだろうが、喫煙ルームでタバコをくゆらせながら話した内容が、結構な情報源になったりする。喫煙は精神安定剤の役割(ただし、ニコチン依存者のみだが)があり、緊張がほぐれた時に、さまざまな自分を取り巻く状況をぼやいたりするのだろう。
 あと、いわゆるノミニケーションの場がこれに続く情報源だろう。

 と、そのような話を、取引先の部長としていた。
 今年の新人社員を連れて見学に行っていたときのことである。
 
 二つのテーブルには灰皿が3つ。取引先の部長が「みなさんは吸いませんか?」と私と新人社員4名が面するテーブルに置こうとしたが、この5人がいずれも吸わない。結局、その部長と、私の上司と先輩、間もなく着席した取引先役員の、私より年上の4名が喫煙者という構図になった。

 「彼らが、中堅になる頃には、喫煙室の重要性も薄れるんじゃあないでしょうか」
 と、俺は反駁した。

 「でも、そのうち、我々同士で愚痴を言い合って飲みに行くことは、十分ありますよねえ」
 確かに、部長の言うとおりではある。

 やがて取引先役員が、『すぐに100%は目指さずに、失敗しても気にするな』といい話をしてくれて、その後にストレス解消としての、オンオフ切り替えとしての「社内ノミニケーション」の重要性を説いた。

 また、俺は反駁する。 
 「社内だけではなく、外での飲みもすっきりとしたオフになるよ。」

 「まあ、近ちゃんはここで逃げをうったけどさ・・」
 と、結局は役員に話の流れを戻された。

 だが、社内交流に注力し過ぎる危うさをみてきた俺としては、どうも納得がいかない。

 新人の時点で、26人の同期を見渡して関西出身男は自分一人(というか九州や四国もいなかった。関西女子は3年以内に辞めた。)、さらに配属先部署が別の建物で2年目には部署ごと出向させられた(1年後に復帰)。
 ただでさえアウェイなのに、悪条件が重なる。
 それで、学生時代からの縁を元に社外の人脈構築に活路を求めた結果、気がつくと月に10回あった飲み会・イベントのうち、10回ともが社外という状況になっていた。そうなったころには、社内の人間とわざわざ飲むつもりもなく、堂々と孤立?もできる自分が完成していた。(苦笑)

 本社建物に来たのは本部をまたいで転属した4年目で、新人配属時の本部に戻った7年目の頭にはすでに別の人脈構図が完成していた。5~6人のグループがそれぞれあって、グループをまたいだ退社後の交流は滅多にない。どこの組織でもある風景だと思う。

 その頃には、また色々なグループが出来ていた。

 某課長を筆頭とした「ナントカ組」
 当時5~6年目の女性を中心とした「女性だけの会」

 などなど。そういえば、新人時(=この時期より6年前)にも似たようなグループがあったと思う。だがそれぞれが気がつけば消滅していて、体力の余った連中で別のものが再構成されていた。共通して参加している人物はいない。

 さらに3年経ってみると、「ナントカ組」筆頭の課長も、「女性だけの会」筆頭の彼女もすでに退職している。もちろんグループも完全に分解しており、今の主力は3年経った新人(つまり4年目)あたりに移っているようだ。
 
 ふと思うと、そうやって、社内でも頑張って交流してうまくやろうと無理?する人ほど早く辞めていくのかもしれない。若くして昇進した「ナントカ組」の某課長も、子ども達との時間などがうまく作れないなどの理由で、管理職としてではない転職先を選んだそうだ。

 課長から「近藤君も、ナントカ組に入りたいんでしょ」
 と、暗に勧められた?のを、笑って断ったの思い出す。

 社内づきあいが、長続きしない時代がやってきたのだろうか。
 そういえば、テレビの製作会社を辞めた女性も、
 「前の職場の縁なんて、3、4ヶ月ぐらいでなくなるよ」とか、言ってたな…

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 社内で仲良しグループができることは、従来型(というより昭和後半に限って?)の日本企業では奨励されたことだ。企業への忠誠心と協調性が全面に問われ、チームワークによる高品質な商品の製造や、暗黙知による連携プレーで各種サービスの向上に努めてきた時代がある。その成果でわが世代の少年期(1980年代)は豊かな生活だった。
 だが今となっては、中低級製品であれば中国内陸部でも製造拠点を置ける。サービス業だと、コンビにチェーンや外食産業などのように徹底したマニュアル化によって、一定期間の教育を施したアルバイトにでも一般的な接客業務を任せられるようになった。さらに、IT産業の台頭によって新しい業務ルーチンに切り替えるサイクルが、昭和いや平成初期?にくらべてはるかに縮まっており、長年培ってきた暗黙知の継承や連係プレーの価値は日増しに下がっている。

 既存の手法なら新人や新参で十分。(マニュアル化)
 高度な手法は、職人化された技術屋か、クリエイティブ職の世界が担当。
 職人化には時間がかかるが、クリエイティブなら若手の一発でOK。

 先ほどの新人の一人の話によると、別のシステム部署で受けた説明では、5~10年目の中堅社員では仕様がわからず、新システムパッケージの教育を受けた1~2年目にしかわからない社内システムが存在するという。 
 これはシステム開発情報だからいたし方のない話だが、純粋に利用者として流行の情報ツールへの対応が遅れているとしたらどうなるだろう。たとえば、30歳前後の社員のほとんどが、ブログやSNS の利用経験がなかったとする。それら情報ツールの活用はさらに遅れるわけで、その会社にとってかなりの利益逸失になるはずだ。

 新しい技術や手法は、積み上げた習慣や知識を無効にする。
 その回数が多ければ多いほど、組織内特性の積み上げによるメリットは薄れる。
 かといって、新技術や手法を知らねば、競争力が下がる。

 中堅社員に限らず多くの従業員が少しでも社外に人脈を持っていれば、世間の流行りなどはたやすく取り入れられるはずで、自分の仕事にも徐々に生かせる。ところが、仲良しグループでも労組でも、その社内にのみ従業員人脈の多くを頼っている組織ほど、新しい情報は入りづらい。
 様々な業界の方々のお話を聞いていると、建設とか医療関係とか、どうしても一件のプロジェクトに長い時間がとられたり土日勤務を強いられる業界に、その辺のご苦労が多いのではないかと思う。あと、マスコミ・芸能がそうかもしれない。

 社内交流がそもそもない人、つまり自営業者のほうが、手広く情報を集めやすい環境といえる。所属している組織の特性で情報が遮断されることがなく、かつ自分で判断をしなければいけない立場にある以上、内容の咀嚼もうまくいくのだろう。父がそういう人だった(注・今も健在である)。

 というわけで、この記事の参考にしたブログを紹介しておく。
 筆者は自営業者らしい。なるほど。

参考:株式日記と経済展望 6/3版)

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