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数々の挑発と、「なりたい姿」の追求と。-対米英開戦とある経営者の共通点?-

 私はいわゆる「難燃性」の人間である。

 特別に「自分はこうなりたい」という希望を抱いているわけではない。
 語調や言動からは攻撃性や指導力が高いように思われているようだが、本音では気楽に生きたいと思っている。世の中の流れに沿った、「なれる姿」を目指している。

 だから、「明日の自分が、今日の自分より成長していると嬉しい」などと聞くと、偉いなとは思うけど、私自身はそう考え続ける気にはなれない。
 
 「なりたい姿」というのは、外的情報によって各人の脳に作りこまれたものであり、「なれる姿」と一致することは簡単にはないと考えているからだ。

 「なれる姿」と「なりたい姿」がずれるほど、無理が生じる。おのれ以上に周囲を不幸にする。気がつけば、自らを死に追いやる。
 年間3万人以上の自殺者がいる国・日本。
 あくまで仮想にしか過ぎないはずの、「なりたい姿」への義務感・束縛感に追われている人は、泣きたくなる以上に多い・・・

 ・・・もっと、気楽に生きようよ。イラクとかウガンダでは生きることすらままならない。
 ここはご年配の方々を見習えば良い。「(まず戦争は起きないだろうから)命を奪われることはない、だから無茶苦茶やれる」って。極端ではあるが。


 また「戦後レジーム」という言葉を使いたくなるが、米英を大向こうに回して無理な戦争をしてしまったわが国も、その時代の「なりたい姿」があったはずだ。もちろん、なんらかの外的情報を元に、当時の要人たちの頭の中で描かれた姿が。

 要人の最高位はなんといっても、昭和天皇である。
 陛下がどのようにお考えだったかは想像できないが、少なくとも陸海軍の一部や煽られた代議士たちよりは遅く、公家系(近衛文麿など)や外交官(吉田茂[=麻生太郎の祖父]など)よりは早く開戦を考えたはずだ。日本の意地をみせるというのか、「なりたい姿」を崩さないための決断を。ただ、終戦に動き出した順番がこの逆だったことから、陛下は日本指導層全体の中間意見をとったとも考えられる。

 おそらく、昭和天皇を含む要人たちは、当時最高権力を誇った英国、その次の米国、あるいは独仏などの欧州各国の姿を見せられては憧れたのだろう。その外的情報をもって、では同じ海洋国でも東洋にある我々はどのようにあろうか、などと必死に考えていたに違いない。
 人口が増えたので、植民地経営、つまり帝国主義でもやってみようか。だったら、英米とはちょっと違った形も考えてみるか、いや似た形でもいいかとか。


 たぶん、この構図は今も同じはずだ。

 国の内外に関わらず、意図の有無にかかわらず、常に外的情報は個々人の欲を挑発する。
 
 最近だと、ビリーズブートキャンプがはやったことで、有酸素運動系のダイエットによる「やせた自分になりたい」人が増えた。
 ある後輩は、みずから「ブートキャンプ企画」を立てるわ、そういうことに縁がなさそうな技術系の後輩までもがジム通いに走るなど、身近でも痩せをめざす人が目立ってきた。

 が、難燃性で挑発にのりにくい私にすれば、相変わらずの生活を送っている。

 週の半分は自転車で通勤するようにしているのだが、その途中にフィットネスクラブがある。
 ガラス張りの内部をみて不思議になるのは、バイクマシンに乗る人の多さだ。

 色々事情はあるのだろうが、景色が変わって生活の一部に自転車移動が組み込まている私と、ジムの中だけでの自転車運動を意図的に行う人々との間にはどれぐらいの差があるのだろうかと考えてしまう。
 私の場合は、移動手段だから電車賃やバス賃を節約できる可能性がある。だが、バイクマシンに乗る人はジムにお金を払っているのだ。(もちろんバイクマシンは強度を調整できたり、あるいは交通事故の心配がないなど様々な長所がある。キロ単位での自転車移動はそれなりにリスクが伴うのだ。)

 と思うと、大変申し訳ない表現だが、
 「ジムにでも通わないと運動できないよ」との挑発に乗ったとも思える。

 もっとも、わかっていてやる分にはよく、「お金でも出さないと自分は動かない」と判断するのは一つの手だろう。だが、単に挑発に乗っただけで反射的にジムに入会するのはいかがなものか。(もちろん、バイクマシンに乗っている方は、ジムを活用しているのでそんなことはないとは思うが。)

 
 会社の経営者でもそうだ。

 たとえば規模10倍の会社に1、2年で追いつこうとするには、それなりの方策や覚悟が要る。
 が、何も案がなく「10倍に」と言っているだけでは、「タダの馬鹿」扱いされて、信用を失うだけだ。上場しているなら株価も下がるだろう。策や案がないのなら、「なれる姿」をちゃんと追うほうが、賢明だ。

 もし、なれる案のない「なりたい姿」を掲げている経営者がいたら、その会社は危ない。が、それにもかかわらず収益や製品・サービスの質が落ちてないということでなら、先が明るい。
 つまり、従業員は「なれる姿」を知っていることになり、その経営者がいなくなれば、上意下達による既存業務への妨害がなくなり、堅調な成長が望める。株を買えば、中長期的に儲けがでるだろう。

 70年ぐらい前の戦争もそうだったのかもしれない。
 指導層が国の意地(天皇制とか国体維持?)を優先する気持ちが強いから、次の層以下(戦時中は商工相だった岸信介[=安倍晋三の祖父]などを筆頭に)がいくら「この戦争は頭を下げてでも避ける・止めるべきだ」と腹では思っていても、指令システム上それは許されない。だったら戦争に突っ込んでしまえ、負ければ狂った指導層(や、煽る国民も?)が消えるからそれもありだ!と、投げやりになっていたエリート達は少なくなかったのではないだろうか。

 皮肉な話、外的情報で「なりたい姿」を固めすぎたトップに対する薬は、やはり外的圧力だということか。

 そういえば、これは指導層の人物ではあるが、漫画・ジパング(かわぐちかいじ著)で、戦時中の米内光政海軍大将が、日本国民を犠牲にしてでもこの戦争にしっかり負けて、国を変えるきっかけにしたい。などと言っているシーンがあったな・・・
 
 翔ぶが如く(司馬遼太郎著)の西郷隆盛も「まだ、ユッサ(戦)が足りもんそ」と、新生にはもう少し破壊が必要だと言うてたっけ。戊辰戦争程度では日本は変わらないと。

 ちょっと話は戻るが、選挙民特に若年層から麻生さんが受けながらも、福田さんが勝ったのは、しっかり「なりたい姿」を持っている人と、柔軟に「なれる姿」を語る人の差だったのかもしれない。

 その時代時代にどちらも必要な人材だとは思うが、若い層からすれば、そろそろ「なりたい姿」を目指す人が出てきてもいいかな?と思う頃合いでもある。もちろん、無理がたたって今より悪くなることもあるだろうが、後悔は少ないはずだ・・・

 あ、後悔したくないから、戦争やってしまったのかもしれないな。。
 多くの国民(というか朝日などのマスコミ?)が後押ししてたぐらいやし。

 何が良えんかわからへんな、ホンマ。
 

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