頑張り間違い。
たぶん、これはわかってもらえない。
とりあえず頑張り屋が礼賛されやすい、昭和の成長期を知る先輩方にはこの発想を受け入れてもらえない。
『まず対象の状況を考えてから動くほうが、効果が高い。』
おそらく、頭でわかっていても、「まず動きたい」気持ちが優ってしまうのが、昭和の働き者である。時代背景もあって「上司の期待に答えたい」と上意下達の駒にならざるを得ない、つまり団結意識も強いはずで、上役の指示なら考えずに頑張る傾向もあるだろう。
売り上げや税収が無尽蔵に拡大する時代ではなくなって久しいのに、不幸にも拡大しか味わっていない世代にとって、「当事者各自で、投資効果や収支を考えた行動を」というのは死刑宣告に近いのかもしれない。。
また日経の記事になってしまうが、片山善博氏のコラムから。
「『頑張らない宣言』の増田新総務大臣に期待」(2007/09/10)
そこで是非思い起こしていただきたいのは、つい数年前のことである。当時財務省は自治体の「ムダ遣い施策」をあれこれ列挙し、マスコミがこれに飛びついたこともあり、結果として世論の自治体批判と地方交付税削減につながった。
「頑張る」という言葉に潜む曖昧さこそ危険
しかし、よくよく考えてみればこれらの施策は過疎化と少子化に苦しむ自治体の窮余の一策であり、乏しい財政事情の中で精いっぱい「頑張った」結果なのである。同じようなことをして頑張っても、ある時はこっぴどく批判され、時が変われば「よく頑張っている」と褒められ、優遇もされる。なぜこんな無定見なことがまかり通るのだろうか。それは、ひとえに「頑張る」という用語の曖昧(あいまい)さによるものである。たしかに何かに力を入れている姿は見てとれるが、それがある人にとっては称賛に値する行為にも見えるし、他の人にとっては実にくだらないことをしているとしか見えないのである。
-中略-
幸い増田新総務大臣は岩手県知事時代に「頑張らない宣言」をした方でもある。過去から今日に至るまでやたらに頑張る自治体を支援したがる総務省の「勘違い」を正すにはうってつけの大臣だと大いに期待している。
片山氏は鳥取県、増田寛也総務相は岩手県の前知事である。
お二方とも団塊より後の世代で、頭が柔軟な40歳前後までに高度経済成長の終焉やバブル崩壊に立ち会っている。
少なくなる一方の税収に悩み、まず知恵を練ったという経験も共通している。
そこへ、従前の総務省や財務省が中央のものさしで、『お前は頑張っている』などと資金を融通したり、逆に批判したりするから、悩む地方官僚はやむを得ずそちらを向いてしまう。
で、地方交付税を国から獲得すべく頑張ってしまい、肝心の地方経済振興とか社会福祉政策とかはどんどんほったらかしになってゆく。しかも、上意下達意識が抜け切らないから、さらに悪い。
増田総務相はそこらの苦しさを実体験しているから、『私は中央の主管大臣としてがんばり過ぎない。地方個々の知恵にまず任せたい。』ということだろう。
一サラリーマンである私も面倒な経験をした。
コストダウンがしつこく叫ばれる業界に勤めている。
着任間もない、まさに団塊世代にあたる役員が、「メール連絡をやめ、新システムを用意しろ」と言い出したので、抗弁した。同報性の高さや構造が単純なことによる利便性。そして新システムを構築する場合のコストなど・・・
単純な「頑張りたがり」はコストダウンにも反する。
結果は物別れになり『お前、屁理屈や。』と言われるも、話を流すことには成功した。
ただし、彼に抗弁するコストの高さに気づいた私は、これを最後に議論していない。
彼は人間的には好ましい方だ。出張をともにした時などは結構話しているし、実は筋の通った主張が多くて感銘している。
だが、「頑張りすぎる」難点が依然としてある。
最近は他の分野にも手を出した結果(これも頑張りすぎの一端か。)、現場への妙な指示も減ったものの、以前としてその課題は残っている。
そのうち私の部課は、硬軟(「軟」が多いが)取り混ぜて、無理難題をかわすものだから、「言うことを聞かない連中」という名誉のレッテルを貼られた。江戸時代における薩摩藩のような位置づけになっており、ある意味で気楽である。
すると、その薩摩藩が、同役員からささやかな賞をうけた。
無駄な保守契約を削っていることが、「コストダウン」と位置づけられたのである。
主任は私だが、保守を削減した時期から同じチームに居続けているメンバー全員がその対象となった。
見ているところは見ているようだ・・・
と思ったが、私自身は賞を受けるつもりでやったわけではない。
確かに役員から『保守契約はある種の保険や、要らんものは削れ。』と言われていて、納得した私もその方針で動いてはいた。
賞の対象になった保守契約の打ち切りは、コスト削減目的というより、契約更新に要する手続きの時間が少なくなっていたことと、思うようなサービスを受けられなくなったのが本当の理由だ。
それでも「コストダウン」として表彰された。
褒めるのも、怒るのも、中央官庁や上司による主観に過ぎない。
所詮、他者の主観だ。
2人の前知事も官僚時代から嫌というほど味わった実感だろう。
だから、怒られても簡単に動じてはならない。
逆に褒められても、すぐに喜んではならない。
『頑張る』思いのギャップは、いつの世にもあるから。
追伸:
これで2007年最後の記事にします。
一年間ありがとうございました。(って、勝手に書いてるだけやけど)
喪中につき、賀状等あらたまった挨拶は失礼させていただきますが、明くる年もよろしくお願い申し上げます。
さらに追伸:こんな本があるそうです。まだ読んでませんが。
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