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かわいい子には一人暮らしをさせよ。

 長く東京を空けた7泊のうち、実家が4泊、沖縄のホテルで1泊、沖縄の友人宅に1泊、京都の友人に1泊。(重ねて感謝)

 色々考えられた。
 なぜ、俺は一人暮らしを10年も続けているのか。

 両親から受け継いだ短所を、客観して内省して、改めたり薄めたりするために、一人暮らしをしているのではないかと。
 
 一人暮らしが長い=欠点が多いというわけではなく、
 まあ、天意というのか、私に限っては修行せよと言われている気がする。
 
 それというのも、この7泊を比較すると、他家の気楽さに対して、より実家のほうが面倒に思えてきたからだ。
 面倒は、間近にいる親の言動に対して、他人のように自分との比較をしてしまう時に発生する。『俺もこんなアホなところが似ている、注意しよう。』(もちろん、感心させられる時もある。)

 今回は、さらに面倒の発生頻度が増した。常に親を客体化するようになったのだ。

 つまり、修行としての一人暮らしは卒業が近づいている…


 親元にいるうちは、一定の生活力を会得するのは当然ながら、親のいい部分を引き継ぐ時間といえる。
 一緒に引き継いでしまった悪い部分は、外に出て客体化したり、他の環境で指摘してもらわないとわからないから、やはり一人暮らしが効果的だ。

 一人暮らしの修行を始めるタイミングやその長さは各人によって違う。もちろん必要のない人も多く、親が死ぬまで同居するケースもあるだろう。(そもそも一人暮らしは不経済だから。)
 
 俺の場合、そこまで親離れ、いや親切れをしなければ、大人になれなかった。
 (今も大人ではないかもしれないが。) 

 今回の遠出で得た発見は、単純ながらそんなところだ。

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