« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

福祉カットの前に、公務員の皆様が堪えなされ。

 生活保護カット
 高齢者医療制度の改定

 まあ、これも公務員たち(広義)の生息環境を維持するための行動であって、民間職業人の家に生まれ高校までしか公立教育を受けず、民間企業勤務の私としては腹立たしい限りである。

 お前らは、どこから血ィ吸うとんねん。
 といいたくなる輩が多い。

 もっとも、この俺だって、多くのお客様の血を吸わせていただいている。
 相互扶助ということで、お互い謙虚に感謝して助け合えばいいのだが、そのgive and takeのバランスが崩れれば、当然不満の原因となる。
 君は10助けてくれた、俺は今 7しか助けられないけど次は何とか…ならいいけど、公務員に限っては「ごめんこれからもずっと 6しか返せないけどよろしく!」と言っているように思えてしまう。

 当然、公務員は必要な業種だ。

 私利を追求する民間企業だけになってしまえば、T社やC社など国際企業にみられるような、高収益を上げるために、平気で人切り(派遣社員を中心とした解雇恐怖→各種事件)や在庫切り(カンバン方式→取引先の安定無視=社会不安)を行う状況が増えてしまう。
 ほうっておけば、下層労働者や小企業などの社会を支える弱者は衰え、弱者をメシの種としていた大企業上層部は食えなくなるだろう。だが、民間企業は株主の目が光る以上、一年単位以下の短期的利潤を追ってしまうもので、この歯止めは相当難しい。

 その歯止めのために公企業や公務員は存在していて、1個人や団体の利益にならない事業や、目先の利益を追求せず中長期的視点にたった施策に関わっている。

 が、公務員の一人一人も、一個体の動物であり、己の生息環境の維持には興味がある。
 給料を減らされず=自分たちの取り分を減らさず、いかにしのいでいくか… 家庭持ちならローンも子の教育費もあるだろうし。。

 ん? これって民間企業勤務者と発想が全く同じやないか。
 そうか、公務員が憎まれる理由は、
 給料が民間よりも高くなった、つまり大目の取り分を維持しているからではないか?
 
 で、ちょいとデータを。
 2007年度のデータで、比較対象として国家公務員の給与も載っている。

 地方公務員の給与(総務省)

  国家公務員全職種平均 月額 401,655円 (平均 41.4歳)
 地方公務員全職種平均 月額 398,381円 (平均 43.2歳)

 職種別の詳細はこちらで見られる。
 この職種別の詳細を少し下にスクロールすると、
 《団体区分別職種別平均給与月額(技能労務職員等)》
 という項目がある。

 清掃職員、給食職員、用務員、運転士などの平均給与が載せられており、
 民間平均と比較すると明らかに高額であることがわかる。

 抜粋すると(十円単位は四捨五入)、

  清掃職員・全公共団体平均:42万8900円(平均 44.4歳)
  廃棄物処理業従業員・民間:30万0100円(平均 43.3歳)

  バス事業運転手・全団体平均:46万3000円(平均 45.1歳)
  営業用バス運転者・民間  :31万5700円(平均 45.3歳)

 同一職種同一賃金の発想からすれば、とんでもない差別といえる。
 先にあげたように、公務員という利潤を追求せずにサービスをする立場でいてもらう以上は、給与が高くなる理由はわかる。だが、同一職種で1.4倍も差がつく言われはない。ここを1.2倍ぐらいにするだけでも、国や公共団体の財務状態はずいぶん改善されるはずだ。

  上層部を含めた公務員の賃金見直し
     ↓
  国・公共団体の財政余裕→一定の福祉資金
     ↓ 
  減税、増税の回避

 いまでこそ、大合併その他で職員の絶対数が減り、さまざまな合理化?で給与の総額が減っているだろうが、民間の減り方に比べれば甘いのではないだろうか。
 地方公務員給与の高さは、よく1980年代に指摘されていた。
 今でもその傾向が残っている自治体もあり、かの橋下大阪府知事もそこに着手しようとしている。(彼個人は好きじゃないけど、その視点は大いに応援したい。大阪府民の方々はいい選択をしたかもしれない。)

 橋下府知事は破産管財人となれ!…せと弘幸Blog『日本よ何処へ』
 
 ただ、財政改善目的での解雇は避けてほしい。
 それをやってしまえば、ホンマに民間企業と変わらなくなる。

 その民間企業の上層部にいる一部の儲かっている方々から、さらに税金を取れないというのであれば、政府や自治体の収益体質は悪化しているといえる。であれば、公務員の方々(首長・大臣・議員は当然ながら)は、業績の悪さに応じて、給与が下がる状況に堪えてもらいたい。
 もともと貰いが少ない管理職未満から無理に下げる必要はないけど、先にあげたような民間の同一業種より高い部分は下げてもいいのではないか?

 さすれば、民間人も多いに納得できるし、「公務員の方々は大変」と尊敬の念も生まれよう。

 江戸時代の殿様や武士でさえ、庶民とともに貧乏を味わった。
 公務員を素直にエライと言える世の中になってほしい。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

経営者も大変なんやぞ!

>高収入層も辛いのだ。確実に精神的苦痛との戦いが続く。
>つまり、人生は長所と短所、リターンとリスクでプラスマイナスゼロだ。
>絶望することはない。

 私は、前回の記事でこのように書いたが、もう少し補強したい。

 5、6年前だったか、『会社が儲からないのは、社員が働かないからだ』と大手マスコミに発言した、某巨大企業のトップ(当時は社長)がいた。

 彼が創業者か、それに準ずる立場ならまだわかる。「せっかく、みんなで食える場を作ってきたんだから、も少し頑張りましょうや」との思いが想像できる。
 が、この方は親が関係省庁の高級官僚(次官級)らしく、コネ入社も想像される立場で創業メンバーでもなんでもない。自分がその会社の成立や維持に関わった部分はそれほど大きくはないだろうに、この発言をしてしまっては、いくらなんでも士気が下がろうものだ。
 実際、この会社は早い段階から(というか彼の社長就任に前後して)裏サイトが有名で、そこは怨嗟の声で今もあふれている。2人の子持ち正社員が、工場移転で、遠地単身赴任+減給を迫られたりとか、自殺がどうとか。。

 が、こんな人格も疑える方は例外だから忘れるとして、経営者とは辛いものだ。
 この社長にしても、自分の子飼いぐらいは「食わせてやろう」と腐心したに違いない。

 近場の例ではあるが、職人を何人か雇う親方だった私の父も、「人を食わせ続ける」点ではずっと苦慮したらしい。オイルショックの時に減らした体重が、30年経った今でも回復しないほどである。
 食わせるためには、仕事を確保せねばならない。同業者から奪わねばならない。あるいは、違う仕事を作るか、危ない橋を渡るか・・・

 経営者は大変だ。
 が、その保護のまなざしは、やはり正社員どまりであることが多い。

 加藤容疑者を始めとする、派遣社員の解雇・雇用の繰り返しを、トヨタを始めとする経営陣の立場で考えてみる。
 もちろん、高収益維持=自分の取り分の維持という側面はあるが、長らくともに働いている正社員たちを安定して食わせるための決断と考えれば、それはそれで納得がいく。

 関東自動車工業に派遣されていた加藤容疑者が、たとえ自動車短大出身であっても、トヨタイズムを信奉して日々の労苦に堪えられたとは思えない。豊田章一郎名誉会長を拝見しても、すぐには敬礼できないだろう。

 少なくとも派遣社員は、心の面ではケアされようもない。
 なら、欧米のように、同一職種同一賃金ならまだ納得いくだろうが、残念ながら日本の慣習は、正社員か派遣かで賃金や待遇が違う。小泉政権が製造業への労働者派遣を許した時点で、このひずみがより大きくなった。

 その理不尽な待遇差には同情するが、
 逆に派遣社員ならではのメリットを加藤容疑者は考えたことがあるのだろうか。

  ・過剰な責任を持たなくて良い。
  ・いつでも辞められる。
  ・出世争いに巻き込まれない。
  ・見栄を張らなくて済む。

 貧しくあっても、気楽な立場ではないか。

 でも、加藤君に自分の状況の長所も見ろというのは、いささか酷かもしれない。

 「青森時代」動機解明のカギ 秋葉原事件の加藤容疑者(読売新聞)

 銀行員の父と主婦の母からの英才教育で、県内トップ高に進学(太宰治の母校らしい)。
 が、入学初回のテスト結果で挫折。

 おそらく、親御さんには『悪成績でもいいじゃないか』という価値観はなかったのだろう。
 結局、「親の言うようにやっても上手くいかなければ面白くない。」との脱力感が、彼の頭を支配する。

 で、親に進められた大学進学を避け、自動車関係に携わった後も、
 「やっぱりオレは上手くいかない」と、過剰に絶望してしまう。

 親の教育×本人の選択×劣悪な製造業派遣の環境= というところが原因なのか。。
 
 
 さて、先述の我が父は、成績のことを云々することはなかった。
 夜学中退後に通信教育で高卒資格取得といった学歴もあるだろう、「わしが色々言える立場にない」との一点張りである。が、なぜか『ミッション系だけは止めとけい』と言われた。

 私が大学に進んだ理由は、いつもは云々しないこの父が漏らした一言からだ。

 『大介、○○さんのご主人はホンマ頭ええわ。大学出てはるだけのことはある』

 町内会の寄り合いから帰った時だっただろうか。
 このご主人の長男が私と同級生で、彼は予備校に行くこともなく京大に現役合格している。次男も国立大学に現役合格で、まさに教養人の家系。

 「後で劣等感を覚えるぐらいなら、大学行け!」

 親父からの暗黙のメッセージと思い、勉強に精進した・・・
 わけではなく、大学に行く戦略を練った。
 センター試験は受けず、私学の傾向と対策に合わせることで、学習負担を軽減する・・・

 ○○君の10分の 1も勉強しなかったが、運も手伝って現役合格と相成った。ご主人の通った大学の昼間部である。
 (だから、我がサボり性は治らないのだ。「勉強してまで合格するな、あとで違う苦労をしてしまう」という妙な価値観が、このころから始まっている。)

 まあ、ものは考えようである。
 合格の原因は、気負わなかったからであり、
 それ以上に、親から押し付けられた道ではなかったからだろう。
 
 「そういう生き方『も』ありや」
 父の日は過ぎてしまったが、親に感謝である。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

人間という動物が、自らの生息環境を保持する方法について。(通り魔事件とカンバン方式)

 以外と語られない、この重要な問題。

 すでに日本では人口が減少しているように、地球における「ヒト」の個体数は飽和に近づいている。一人あたりの食物確保量は限界が見えてきた。飛躍的な文明の発展がない限りは。

 寒冷化というトレンド(傾向)も観測されている以上、この問題に比べれば温暖化の課題が小さく見えてしまう。
 食物以前に水も足りない。炭酸ガスがどうのこうの、燃料が足りない、と言っている場合ではなくなってきている。

 だが、あまり心配しなくては良いのではという見解もある。
 それは最後に触れるとして、最近の事件から思いつくままに書いてみる。

 トヨタ、「カイゼン」に残業代 業務と認定、来月から(朝日新聞)
 トヨタ、QC活動の残業代全額支払いへ(日本経済新聞)
 トヨタQC「業務」認定 残業代支給 流れ加速へ(中日新聞)

 驚いたことに…いや、私にとっては、トヨタはさもありなん。と思わせるニュースだった。トヨタだけでなく、特に戦後の成長を支えた大企業に良くある光景だろう。(幸い、我が勤め先はこれに当てはまらない。お客様ほか、周囲に感謝)

 以前にも書いたが、ある人材系大手に勤める先輩が、『人は「あこがれ」があれば働ける。』と言っていたのを思い出した。
 世界一のクルマ会社になろう!の目標とあこがれがあったトヨタであれば、残業代のないQC(カイゼン)活動など言われなくてもやる社員がいたのだろう。

 が、無給で自発的とされるQC活動の時間も、過労死に至る労働時間として認定される(名古屋地裁)。既に上に居るか、体力精力がある方々以外は不幸になるこの風習を、さすがに断ち切らざるを得なくなってきたようだ。

 下を弱らせ、上層部に参入する数を制限するという発想。
 「出世の抑制」は、全ての組織に何がしかの形で存在する。

 利点としては、全員が発言力を持って混乱することを防いだりとか、全体を見渡せない上位者の出現を阻むなどの効果があげられる。
 大半の組織は、これを目的として抑制機能を働かせているはずだ。

 が、無給QC活動と言う発想・文化は、表題に挙げた「生息環境を保持する方法」の一種だろう。
 すでに上に居るものにとっては、収入水準の維持に直結するからだ。

 体力と発想力を無償で絞りとっておき、その結果として心身を病んだり、辞めたりすれば、幹部社員になる人間が減るわけだから、自然と高収入者の密度が減る。
 つまり、高収入者という動物の一人当たりの収入源は大きくなる。サルやライオンのボスが二番手以下を屈服させて動けなくするように、まさに自然界と同じ仕組みだ。

 無給QC活動以外にも、もっとわかりやすい生息環境保持システムの例がある。

 …またトヨタ系になるが、カンバン方式(Just In Time)がそうらしい。
 (トヨタ系に悪意はないです、たまたまです。)

 必要な時にだけ、部品や労働力を調達して、要らない時は持たない。在庫や人材維持費などの生産や販売に直結しない経費が発生する心配がないから、必然的に利益効率は上がる。
 その労働力調整として使われているのが、派遣社員制度だ。正社員の数分の一の給料で(短期間の場合は正社員より高い場合もあるようだが)、重労働をこなし、アルバイトでもない常勤労働者なのに突発解雇の可能性を背負いながら働く身分である。

 そう、あの秋葉原通り魔事件に話は直結する・・・
 加藤容疑者はトヨタ系関東自動車工業に派遣されていた労働者で、ほかの同僚を含めて解雇直前の状況だったと言う。(彼が狙い撃ちにされたわけではなく、作業服の紛失を取り上げと誤認するなどで、そう思い込んだらしい。)
 加藤容疑者、3日前に大声で騒ぐ 秋葉原無差別殺傷(日本経済新聞)

 不特定多数を殺す行為は、なにも支持できないし、許せない。
 が、彼が「生息環境保持システム」の被害者である点は、さすがに同情を寄せたい。

 同僚に聞いた話では電機業界などでも常套手段らしく、ある液晶パネル工場の誘致に成功した町は、千人単位で人口が増えたと思ったらそのほぼ全てが派遣社員だったという。ただでさえ低賃金で消費拡大が見込めない上に、やがて「(高収入層のための)生息環境保持システム」が作動して一括解雇されるのだろうから、定住人口の増加自体も見込めない。当初の目的であった、中長期的な地域振興には繋がらないという状況だ。

----

 と思っていたら、ほかのブログや掲示板でも同じような意見が載せられている。
 こういった、「生息環境保持システム」の外におかれた人々の、絶望→狂乱→暴発といったサイクルはこれからも起きるだろう。ネット上では『貧困テロ』といった表現も散見できる。
 →株式日記
貧困テロの恐怖がおんどれらを襲う@トヨタ

 俺は、この逆の立場の人々との付き合いが多いほうだと思う。
 もうそういう状況になって10年が経つが、一度落ちれば這い上がれない「貧困」について話題になったことはまずない。

 当たり前だ。
 よほどの高収入層でなければ、たとえキャリア官僚であったり巨大企業の正社員であったとしても、家族を守るためにも「勝ち組」である己の立場や権利(動物で言う所の「縄張り」やね。)を守るのが精一杯だからだ。もっとも、彼らはその「縄張り」を失った瞬間、自殺せずと社会的な「死」が待っている。
 落ちてゆくのは、元々苦しい生活を続けている人々よりも辛いはずだ・・・
 
 それに、高収入層に参入してそれを保持するには、様々な自由が制約される。嫌な上司であっても同調したり、
たとえ理不尽な経営方針があっても堪えてみたり。逆にトップになったとしても、トラブルの責任や恨みの全てを受けるわけであって、よほどの強心臓でない限り務まり難い。
 仮に生まれながらにしてそうだとしても、乳幼児教育の段階から家財保持の思想を叩き込まれるわけで、人生を選択する楽しみなど、まあ望めない。


 高収入層も辛いのだ。確実に精神的苦痛との戦いが続く。
 つまり、人生は長所と短所、リターンとリスクでプラスマイナスゼロだ。
 絶望することはない。

 自分の環境を肯定して、気楽になることから始めたい。
 ○○を起こすにしても、気や心を安定させて、時期を見てのことだ。

 いや、○○することはおろか、無理に気楽にならなくても、勝手にこの状況は収まるだろう。
 それも、もっとも穏健な形で。

 まず日本の人口が自然と減っていき、いい具合の密度になって、食糧生産も自給しやすくなる。水や燃料等の確保もしやすくなる。
 そうしているうちに、地球上の人口もピークが来て、様々な形でヒトという個体が減っていくだろう。
 ほかの生物と同じように、自業自得という具合に。

 さて、それまで何年かかるんやろか・・・
 私がピンピンしているうちに、傾向がハッキリするとは思うが。

 最後に参考図書の紹介を…

日本人はどこまで減るか―人口減少社会のパラダイム・シフト(古田隆彦 著・幻冬舎新書)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »