職場の先輩が、ある逸材の死を悼んだ。
悠々社:訃報 多田正行氏。享年61歳。
マーケティングやコールセンターの専門かで経済事情に強く、MBAをお持ちの専門家。だが、最晩年は東京山谷のドヤ街(簡易宿泊所が軒をならべる、日雇い労働者の本拠地。大阪なら釜が崎)に住んでいた(というより泊まり続けていた)と言う。
『何で、こんな偉い人が、こんな終わり方になるんだよ・・・』
ご本人にとっては気楽だっただろうからいいのだが、先輩や周りからすれば「どうして?」という暮らしぶりだ。それだけのインテリがなぜ?という疑問符がつくだろう。
先輩の嘆きを聞きながら思い出したのは、蟻の話だった。
2:6:2の法則とも言われ、良く働く(周囲を引っ張る)蟻が2割、中間普通が6割、残りの2割は怠けているという次第だ。どの集団でもそうなるらしく、たとえ怠け蟻全てを取り除いて集団を分離独立させても、分離元、分離後の集団それぞれで2:6:2の比率が構成されるという。
これは、人間世界でもよく当てはまる。
優秀な上司が辞めて「なぜコイツが?」と思われる人物が後釜についても、それなりかそれ以上に働くことが多い。逆にあのバカが辞めて当然とせいせいしているうちに、別の人物がサボリ屋になったりとか。
初頭で紹介した記事から抜粋する。
多田さんはUCLAのMBAで、マーケティング、プロジェクトマネジメント、コールセンターについて語らせたら、おそらく日本で右に出る人はいない逸材だったと思う。なのに晩年は山谷のドヤ住まいをしていたというのは、あまりにもアクが強く、「相手に合わせる」ということができない性格だったからだろう。
先輩だけでなく、私もこの記事の要点はここだと思っていたので、
「伊藤忠の丹羽会長もおっしゃった蟻の話を思い出しましたけど、多田さんは良く働く2割の能力を持ってたたからこそ山谷住まいだったんですよ。『自分の発想が通じない6割の多数と下手に争うても仕方がない』と思ったのでしょうか、サボリ屋(失礼だが)の2割に近い生活を楽しもうと、いやそちらに逃れたのかもしれませんね…」
のようなコメントを話したと思う。丹羽会長は先輩も私も尊敬しているので、持ち出した。
つまり、「普通」に属し難いと言う意味では、良く働く2割も働かない2割も共通していて、どちらかといえば周囲に引っ張られて生きていくのが嫌な連中だといえる。
もっと簡単にいえば、自分で働き具合を調節したい人とって、中間の6割だと居心地が悪い。
必要とされている、動かねばならないと判断して→良く働く2割
全体の流れ(日和見)に従って、適度に働こう→中間の6割
別にいいや、全体も回ってるから休んでしまえ→サボる2割
両極の2割ずつのどちらかにしか居られない、言うなればキワモノ(際物)。
おそらく、先輩も私も自分で判断したい習性が強い部類で、中間の6割にいた時間は短かったと思う。
多田さんもそういう自己判断をしてしまう人だったはずで、
だから、最晩年の住まいをサボりの2割で生きることも可能な山谷にしたのだろう。
「野に下る」の典型例だ。
さあて、やっとアンパンマンの話ができる。
作者のやなせたかし氏は絵本版の発売元・フレーベル館のサイトで、このようなコメントをされている。
作者のぼくはもう若くなくて、ぼつぼつ気楽な仕事だけに切りかえてのんびり余生を過ごそうかと思いはじめていたのが、急激に忙しくなってしまいました。
でも、アンパンマンという稀有なキャラクターにめぐりあえたことは、作者としては幸福だったと思います。アンパンマンのテーマは、傷つくことを覚悟しなくては正義は行えないということと、献身と自己犠牲です。しかし、見たところは赤いほっぺに赤い鼻、丸顔で微笑しながら、世紀を越えて飛ぶ優しく愛らしいヒーローです。
毎回のストーリーでよくわかることは、アンパンマンやバイキンマンなどのキワモノたちは、平時でこそ極端な位置(居候、無職の類)にいるが、非常時はしっかり活躍する存在だという不変の事実だ。
良く働く2割とサボる2割を行き来している。
アンパンマンは、困った人(動物?)を見かけると、積極的に解決に向けて介入する。自分でこれはマズイと判断して、さらに一定の自己犠牲を覚悟して、悪(大抵の場合はバイキンマンの一味)退治に向う。まさに良く働く2割の位置だ。
が、空腹を癒すために自らのアンパン頭を差し出したあとは、「力がでない~」といって使い物にならず、しばらくサボる(働けない)2割の位置になる。
加えて、悪事がない平時のアンパンマンは、特に仕事内容が描かれていないから、やはりサボる2割だろう(巡回や訓練は別として)。言い換えれば、アンパンマンやバイキンマンは、食パンマンのように食パン販売といった普段の正業を営むような、中間6割のキャラクターではない。 (※注 悪退治に参加する食パンマンは、あくまでアンパンマンの指示にしたがっているといえ、常に中間の6割である。)
それで、いざ非常時になると、また良く働く2割に戻って頑張る。当然、サボる2割の間に心身の余裕を貯めているから、動きが早い。先述の丹羽宇一郎会長もおっしゃっていたが、2:6:2の全てに意味があるのだ。
女性キャラクターにも、キワモノがいる。
ロールパンナちゃんだ。説明・日テレ版 説明・ポータル版
ロールパンナは二重人格キャラで、ジャムおじさんが作った善玉のパン生地に、バイキンマン系の悪性物質が練りこまれてしまった設定だ。周囲の状況とは無関係に、善悪の両極を行き来するという点は、まさに究極のキワモノキャラである。
やなせ先生はすごい。
我が仮説を、一人で体現するキャラを用意されているとは。
というわけで、アンパンマンを2:6:2の法則で結論付けると…
良く働く2割→
アンパンマン、悪さを思いついたバイキンマン、善キャラのロールパンナ
中間の6割→
食パンマン、ドキンちゃん、その他大勢
サボる2割→
普段のアンパンマン、何も考えていないバイキンマン、悪キャラのロールパンナ
生物界の摂理?を一挙に肯定して、土佐人らしい明るさで表現するという、全く奥が深い作品である。
要は、人と議論・競争したり、自らの側の主張をするなど、争える人・争う覚悟のある人がキワモノの計4割に属しやすい。アンパンマン、多田正行氏、先輩、そして私?と、みなその部類らしい。
ただ、「争う」状態が過剰になると、余計な破壊や分断が発生する。多数派の6割から疎まれるのは必至で、ほとぼりが冷めたらサボりの2割に回るといった構図は今後も変わらないだろう。
黒澤明監督の映画「七人の侍」で、悪党退治が終わった後の侍たちが村を追い出されたように、非常時に働ける連中、すなわち争える連中というのは平時には邪魔なものである。良く働く2割の人材が頑張りすぎても「うるさい上司」か「仕事を増やしすぎる」存在になりやすいし、サボる2割はいわずもがなだ。
どちらも普通の6割が従っている空気とは別の次元で判断して動いているのだから。
「争う」私を見たことがある同僚からは、嫌われるケースと認められるケースの両方に分かれてしまっているようで、10年も経てば、受けている固定観念が仕事の支障になることもある。(ごく一部の後輩女性に疎まれて、あからさまに口調でも嫌がられた上に、打ち合わせではなくメールでのやり取りを強く求められたりとか…)
自分のせいなのだが(自分のせいと言っている時点で中間の6割にはなれない)、
大半を占める面倒くささと、一抹の寂しさを感じている。
いちおう、6割のフリをしている俺だが、そろそろ疲れてきた。
色々考えよう。
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