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パリと広島と松山と。戦争の回避について

 フランスはパリ郊外・シャルル・ド・ゴール空港。軍人あがりの大統領名がついたこの施設で、アメリカ人らしき人物が空港職員とやり合っていた。アメリカ人はさらに大声でアメリカ英語の質問を続けるが、職員はフランス語を押し通す。

 何だあの職員は!と思っていると、同行していた先輩が教えてくれた。『フランスは国の栄光を重んじる。だからアメリカ的な威圧には屈しない態度を続けるのだ』
 私も職員に聞きたいことがあったが、拙い英語を使うのはまずやめて、「s'il vous plait.(すみませんが~)」から入ることにした。すると職員は笑顔になり、その後は英語でOKだった。誇りを重んじる人間には譲る。当然といえば当然だが。 
 →ご参考:この後で、同国リヨンで私がカルフールの社員とやりあった顛末

 後で調べると、空港職員は国家公務員であり、なんらかの教育が施されているのは容易に想像できる。それ以前にフランス文化省は、国民全員に国威発揚教育を施しており、フランス人であることの誇りに疑いをいだかないような体制を築いているそうだ。

 なるほど、だから、実質的には二次大戦で負けていたにもかかわらず、国を挙げて国際的地位を守ることが出来たのか~(今も、経済力では米中日独英に負けているが、国際的地位で言えば、3番手ぐらいに食いこんでくる。)
 
 ただ、誇りは衝突の種であり、戦争の源でもある。
 その反面、誇りを持たずに弱気になれば、勢力の一方が暴れ者であった場合はそこに付け込まれる可能性が高い。一方的に蹂躙されて偉い目にあう。シャルル・ド・ゴール空港の職員だって、アメリカ人客に付け込まれないよう、あえて強気の道を選んだのかもしれない。
 
 誇りを胸に気を張り合いつつ、お互いが認め合うことが戦争回避の一歩ではないか。弱気でいれば争いの種はなくなるというのは嘘である。

 そこで、こんな記事をみつけた。

 ヒロシマ青空の会・第二集・竹村伸生氏のご証言「爆心八百メートルの記憶」より、被爆証言の最後をくくる部分である。(できれば最初からお読みいただきたいが、抜粋する)

(前略)
 慰霊碑の碑文に「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と書いてあるでしょう。けれども、あれを見た時、被爆者として憤慨しましたよ。大学の先生が考えて、意味に含みがあるんでしょうが、ちょっと考えたら「二度と繰り返しません」って言っても、やられた者が繰り返すはずがないでしょ。そんな馬鹿な文章はない。あれは問題になったんですよ。私は見たときにカチンときた。
 それを書いた先生が説明するには、英文でWe、我々と入っているのが、日本文では抜けていたということですが、先生の言わんとしたことと、あの碑文に載っていることとは違う。自分が悪いことして、こんな悪いことしてはいけないというならわかるけれども、あれを見たときは頭にきた。
 Weと言ってやっと世論が収まり、それからNo More Hiroshimaという言葉が出てきたそうですが、でもねえ、私らが語り部をしていて憤慨するのは、最近聞いた話では、先生が、原爆が落ちたおかげで戦争がすんだんだという教育をしている。私はびっくりした。そんな先生がいるのかと。しかしそれは事実らしいですよ。
(中略)
 私はイデオロギー的なものはありません。自分独自で、平和のことだけを考えています。核兵器廃絶、恒久平和ということを唱える団体などがあるけれども、私は核兵器はなくならないんじゃないかと思う。
 今でもアメリカは、テロ用の小型核兵器を開発したりしている。アメリカ自体がおかしい。自分がちゃんと持っていて北朝鮮にはどうのこうのと言う。自分がなくして言うならいいけれども。
 私は、核兵器廃絶というのは言葉で言うだけであって、実際にはなかなか難しいんじゃないかなっていう気がするんです。
 しかし核廃絶より、いかにして戦争しないか、平和でいるかを考えることはできる。
 核兵器をなくすことよりも、平和を実現する方がたやすいんではないか。子供にも話をするんですが、命の尊さ、思いやりのある人間になってほしいと。
 国と国が争わないのが平和だから、みんなが平和な心を持たなければいけないと。私としてはもう二度と使ってはいけないということを何とかして実現させたい、手段はいろいろあるかもしれないが、今はそういう気持ちです。(終わり)

 私は涙が出そうになった。
 幸い命を拾われた同氏は、火傷を負い放射能後遺症にも悩み、結婚したがついに子を授からなかったという。仮に子が生まれても五体満足ではないのでは?との恐怖があったという。そのご苦労された方がおっしゃっている。

 私の子どもの頃にくらべて単純な平和活動家が減ってきたけど、何か勘違いしている方々は多いのではないか。
 ここで言えば、核兵器そのものが悪い。大人しく謝ってればいい。あの頃は軍部が強かったから悪い。とか、部分々々の問題しか語られてないような気がする。全くもって、厳しい時代から歩まれた先輩方に失礼だ。

 個々の現象を語る傾向はやめて、戦争行為を回避・極小化する目的を達する手段について、タブーなく考えればよい。確かに、戦争でもしなければ命が守られないという状況もあり得るが、その状況を先回りで避ける方法を考えればよい。

 争いには必ず相手がいる。
 では、相手の発想を予測すればよい。
 その前に現状をどうもって行くかを、下記のような条件で優先順位をつけてゆく。

 1.自分も相手も幸せ
 2.自分か相手の、どちらか一方が幸せで、別の一方が並み
 3.自分も相手も並みぐらい
 4.自分か相手の、どちらか一方が並みで、別の一方が不幸
 5.自分も相手も不幸
--以下、戦争状態になる可能性高し--
 6.自分か相手の、どちらか一方が幸せで、別の一方が不幸

 ずうっと1.でいるのは難しいので、3.以上のキープを目指す。4.5.になりかけても、お互いが幸せではないから、妬みや不満は生まれにくく互助精神も働きやすいだろう。

 問題は、6.だ。
 『なんでアイツだけええ目に会うてんねん』
 関西弁で書くと、また関東の方々から怖い土地だと思われそうなので、
 『なんでアイツだけいい思いしてんだよ』
 と、一方的なストレスが片方にたまると、負のパワーに変換されやすくなる。プライドを取り返すべく実力手段に訴えたくなる。
 
 この状態を避けるためには、

 イ.相手の不幸な状態を解消するよう援助する。(支援)
 ロ.不幸だと思わせないように教育する。(啓蒙・洗脳)
 ハ.相手を自勢力に取り込んで、不幸な状態を解消する。(併合)
 ニ.不満を出すために力の恐怖で押さえ込む。(抑圧)
 ホ.実力を行使する(弾圧)

 だいたい、この 5種類だろうか。
 
 最上の策は、相手に誇りを持たせつつ支援する。誇りを持たせるためにある種の洗脳はするかもしれないが、イかロまでに収めれば、まあ平和である。
 が、ハと二は誇りや尊厳を奪うものであり、やり方を間違えばストレスがたまって、やはり平和を遠ざける要因になる。ホはさらに論外だ。

 民間人の私でさえ、ここまで考えているのだが、少なくとも高校までの先生方がこういう切り口で話してくれたケースをいまだに思い出せない。例外として文化論の切り口から語ってくれた高校の国語担当教師がいたが、専門違いだから、そこまで突っ込んだ話ではなかった。


 では、プロである政治家の方々はどうお考えだろうか。
 わが国で数少ない安全保障系の専門政治家といえる、石破茂前防衛大臣の著書を立て続けに読んだ。

  国防(新潮社版)
  国防の論点―日本人が知らない本当の国家危機(森本敏氏、長島昭久氏との鼎談・共著)

 私なりのまとめを言うと
 「私はこれが出来ますから、貴方はこれをしてください」と交渉できるかどうかがポイントである。

 冷戦という例外的に安定した時代はすでに過ぎ去り、ソ連-ロシアへの布石としての在日米軍の重要性は減っている。そろそろ撤退・再編したいと、経費を負担しきれなくなっているアメリカから不満を持ち出している。(同国の産業空洞化は、日本加工技術力の世界制覇が原因という点からも、そりゃあ不満だろう。金融で儲けられるのは先が知れているから…)
 これからは、(いわゆる思いやり予算の)負担を減らしてくださいとだけアメリカにお願いするのではなく、ここは自衛隊でやりますから、沖縄の基地は要りませんね、だから退いてくださいと交渉する。北朝鮮発の核兵器対応としてのMD計画もなるべく自前で進めて、米側の負担を減らしましょうよと。だが、多くの政財界関係者は米軍任せによる安全保障に慣れてしまっている…

 ここまでハッキリと、しかも現役の大臣を経験している政治家が語ってくれたのは、喜ばしい限りだ。日米安全保障条約の枠内でしか語れてないのは仕方がないけど、現実的で好ましい。

 10年前まではこんなことを書けなかったと思う。
 原爆をはじめ非戦闘員まで死の被害を浴びた恐怖が、50年経っても残っていたからだ。
 それだけ、アメリカは非人道なことをしたのだ。日本に(実は安あがりに)軍隊を使われて、しかも商売のネタにもされても、文句は言えないだろう。(その分、しっかり国債を日本政府その他に売りつけたり、金融機関をつぶしたり不安を煽って下がった日本株を買ったり、色々と回収はしてきていますが…)
 
 難しいことを語っているように見えるが、竹村翁の危惧している平和が破られる隙があるということだ。そろそろ退きたいアメリカと、頼むから居続けてくださいとの日本の旧来政治家の態度に大きなずれがそうさせるかもしれない。

 まあ一般庶民としては、自衛隊員への感謝と、単純に平和を訴えるだけの政治家を落とす投票を心がけるぐらいしかないが。(それが大きいことではあるが)

 
 10数年前、パリと誇りを争っている街があった。
 坂の上の雲でも話題になりつつある、松山である。
 ある一枚の観光ポスターが目に付いた。

 『パリはパリ、松山は松山』

 同行していたのは、おなじみのヤーニン君。この文句がいたく気に入りテンションが上がったようで、すぐそばの古本屋でマンガ巨人の星の単行本を全巻買ってしまった。さらに高知をまわるというのに、旅先で荷物を増やすバカさ加減である。
 なぜか、私も十数冊ぐらい持たされた (T_T)
 
 そのヤーニン君が、間接的ながら平和に関わる仕事に転職すると聞く。
 テンションが上がっただけで巨人の星を買うという、前後感覚のなさが極めて不安ではあるが、上記の話はわかる男なので応援したい。

 …どうか、ボロが出ませんように。。

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豊かさへの共感と、貧しさへの共感と。

 豊かさ、貧しさの定義にも議論はあると思うが、ここで物質的な、経済的な、貧富を取り上げる。
 それを踏まえても、かつては相互の共感が成り立っていた時代があった。

 金持ちは金持ちで大変だ。
 貧乏は貧乏で大変だ。

 この図式が素直に受け止められたのは、いつごろまでだったのだろうか。
 記事を書くきっかけになったブログのリンクを載せておく。

  北京オリンピックに思うこと…内田樹の研究室

先富論はたしかに原理的には効率的な分配のために構築されたメカニズムであった。私はその点では鄧小平の善意を信じている。けれども、「貧しさへの共感」「貧しさへの有責感」を失った先富論は効率的な収奪を正当化するイデオロギーに転化する。そのことの危険性に当代の中国の為政者たちはどれほど自覚的であるか。あまり自覚的ではないような気がする。
私が北京オリンピックについて感じる不安はこの「富の収奪と偏在を正当化するイデオロギー」の瀰漫に対してである。
北京オリンピックでは伝統的な街路である胡同(フートン)がそこの住民のライフスタイルこみで取り壊されたけれど、そのことに対する懐旧や同情の声は中国メディアではほとんど聴かれなかった。こんなふうにして、オリンピックを機に北京から中国の前近代性をはしなくも露呈するような要素は一掃されるのであろう。けれども、それと同時に「中国の前近代性をはしなくも露呈するような要素」に対する哀惜と懐旧の気分もまた一掃されるのだとしたら、私は中国人に対して、その拙速を咎めたいと思う。

 経済が拡大する時期ほど、効率よく大規模に動くよう、富は中央に集積されてゆく。それが中国にとっては北京や上海などの沿海部であり、40年前の日本では東京だった。
 集中した富が目立てば目立つほど、周辺では「豊かさへの憧れ」が他者への共感に優先する。(たとえ事情があっても)働かない者に限らず、金持ちになろうとしない者、そしてじっくりと物事を見据えて動く者は必然的にはじかれてゆく。

 拡大の時期であれば、憧れを原動力にして稼ぎ、次の時代までの蓄えを築く時期なのだからそれで良く、今の中国大陸がまさにそうだ。が、そういう意味でも先進国のわが国は「次の時代」へ入ろうとしている。

 次の時代とは、文明が停滞して経済拡大が困難になる時代のことだ。
 科学技術しかり政治経済の制度しかり情報技術しかり、産業革命以来続いていた様々な文明の進展が踊り場を迎えている。地球温暖化が叫ばれるのも、石油の次にくるエネルギー技術がはっきりとしないことへの焦りともいえる。わが国の前例で言えば、江戸時代前半がそれに近い。火薬や採鉱・航海・農業土木など、大航海時代=戦国時代を通じた技術の発達が伸び悩み、人口を増やせるまでの推進力を得られなくなった時代に当たる。

 拡大の終了期は、当然ながら新たに豊かになれる可能性が減る。「豊かさへの憧れ」を持ち続けた者が貧しさの継続に気づいた場合、その絶望のエネルギーはすでに富める側、あるいは安定した側に怒りとなって向けられる。
 江戸期でいえば、戦国の夢を見続けた武士たちが戦場を求めた大坂の陣は、わかりやすい例だろう。最近の辞令で言えば、秋葉原通り魔事件もその一種だ。エネルギーの発散と自身が貧窮する姿の顕示を求めたという点では、大坂の陣に共通している。したがって、近い将来、そういった不安定な事象が増える可能性を否定しづらい。

 すでに富める側・安定した側は、その立場を守ることに必死で、そうでない側は、豊かさへの攻撃性をさらに高めてゆく。
 これが、相互共感になるためには、豊かとされる側における一定以上の社会負担と、貧しいとされる側では日々の幸せを噛み締めて助け合う体制が必要になる。

 おそらく、江戸期の日本はそうやって全体の安定を目指して、事実そうなった。士族や商人が社会負担を疎かにした時は一揆が起き、助け合いが減った時は一般犯罪が増えることが繰り返されたのだろう。要はその調整だけで事が足りていた。

 先ほどの文章の続きを抜粋する。
 
私たち日本人もまたそんなふうにして、失うべきではないものを捨て値で売り払ってしまった。それがどれほどかけがえのないものであったのかを私たちは半世紀かけてゆっくり悔いている。
貧しさ、弱さ、卑屈さ、だらしのなさ・・・そういうものは富や強さや傲慢や規律によって矯正すべき欠点ではない。そうではなくて、そのようなものを「込み」で、そのようなものと涼しく共生することのできるような手触りのやさしい共同体を立ち上げることの方がずっとたいせつである。私は今そのことを身に浸みて感じている。

 東京オリンピックの時も、ずいぶんとコミュニティの原点となる町並みが消えていった。首都高速になり地下鉄になり、高層ビルやマンションになり、経済拡大に備えた都・東京が完成していく。目に見える豊かさは東京に集積され、周辺の人々の頭の中にはますます「豊かさへの憧れ」が支配する。
 同時に豊かさの分配も行われていて、田中角栄の日本列島改造論に代表される地方インフラへの投資、あるいは70~80年代の革新知事・市長たちによる福祉政策の強化などが挙げられる。これらが実施されていなければ、恐らく憧れの反動が恨みになって混乱が起きていたかもしれない。

 この構図は今でも続いている。
 だが、そのまま引きずっていては「次の時代」に対応できない。

 次の時代とは、富の集積と分散を中央がやる時代ではなくなる。
 戦後経済は、政府(通商産業省など)や商社が貿易調整を軸に旗振り役を務めていた。だが、現在では、大手企業か、あるいは情報技術や交通網の発達がその穴を埋めており、東京が必須ではなくなった(例・トヨタの名古屋駅前本社)。先の記事などでも書いたように価値観が分散・多様化したため、インテリなら東京で立身出世をはかって高収入などという、従来の図式が崩れ去ってきている。
 
 そういえば、地方の若者は東京に憧れなくなってきた。在京費用のわりには得られるものが少ないと判断する傾向があるからだろう。天下のでさえ志願者の7割は関東出身というから、憧れの無効化はじわじわ進んでいる。

 早慶“大阪夏の陣” 受験生獲得へオープンキャンパス 関西私大は東京進出  …産経新聞
 …早慶がこれまで地方試験をやらずに済んでいたのが異常かもしれない。

 拡大への憧れで、貧しさや弱さなどの欠点を覆い隠せる時勢は終わった。そのうえ、欠点自体を極小化すべく、以前ほどに豊かさの分配ができるわけでもない。今後は、そういった欠点の数々を肯定して、うまく共存できるやさしい世の中を築くほうが良い。貧富お互いの共感を醸成して、助け合い、多数の安心感を得る。やがて凶悪犯罪などの源は、無くなりはしないだろうけど減っていくだろう。。

 まとめて言うと、

 貧しい者は
 豊かな者の苦労を理解・尊敬して、うらやましがらないこと。
 施しを求め乞うのは最終手段として、まず助け合うこと。 

 豊かな者は
 周囲の働きを感謝・尊重して、己に富が集中して当然と思わないこと。 
 貧しい者が納得する程度の社会負担をもつこと。

 そういう共感を持ち得ない×な輩どもが、生きづらくなる世の中が望ましい。

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賢いやつほどテレビを見なくなる?

 2年以上前のやつだけど、面白い記事を見つけた。

 金持ち、勝ち組、インテリはテレビなんか見なくなった(大橋巨泉氏)-日経BP社・日経ビジネスより

 はなはだ、納得の部分が多い。

 まだ20世紀だった新卒の就職活動の際、そのテレビ業界から出版・新聞業界までことごとく不採用となった私は、あることに気がついた。

 筆記試験の通過率はテレビ・出版で8割以上、4社受けた新聞社も全国紙と地方紙の二つから文章・筆記試験通過の連絡が来たが、面接でことごとく落ちる。役員面接以上まで進んだのは、映画などメディアミックスに長けた大手出版社のみである。

 その中でも新聞社の面接を終えたときだった。5~10人程度の集団面接だったと思う。
 『近藤が一番ウケてたな』『受かるんじゃないか』
 出身学部が同じであったり、セミナーで仲良くなったりした知人友人からそう言われた。
 が、通過したのは、もっとも口数の少なかった受験者で、本人も驚いていた(かどうかは忘れた)。

 進んでいくうちに、(さらにコネもない私のような)余計なことを話す人間は落ちる。という原則がわかってくる。
 今にくらべて1.5倍も新卒がいるのに、採用人数は同じか少なかった時代。無難で賢い人材をとろうとする各社の思いは当然だ。
 私のように妙な話や雑学ネタを撒き散らすわ、勝手に話の主導権を握っているわだと、そんなヤツは邪魔だし、部下として使いづらい。30過ぎた今だから、事情が良くわかる。

 だが、無難ということは「大勢や過去事例にあわせることがうまいだけ」かもしれず、自主的に考える能力に欠けている可能性もある。

 先の記事で書いたように、文明の拡大=経済の拡大=ヒトの生存圏の拡大を目指すことは確かに難しい。
 その状況下で、今の自分たちの収益を守るには、まず無難になるのが心情だ。これは多いに同情する。

 ただし、攻める時や新しい物事(テレビなら番組)をはじめるにしても、これまでの成功体験に基づいた繰り返し手法を使いすぎるのはいかがなものか。もし成果がなくとも『やりきった』の安心感に避難することを良しとはしていないのだろうか。
 せめて、同じ成功体験でも時間をかけて完成度をあげるとか、ある種の分析をやってみるなりして濃縮の方向に行けばいいのだが、タレントの大量消費と同様の企画の繰り返しに逃げているようにみえる。クイズ番組の乱立、ジャニーズの多用、二世芸能人頼み、そして若手芸人の大量出演。いずれもその傾向だ。

 たぶん、賢い人ほど、浅い部分での繰り返しのつまらなさに早々と気づいては、ブラウン管…だけではなく、液晶プラズマ有機EL等々の画面から離れてゆくのだろう。(オレなんかはその繰り返しを分析するのが面白いのだが。)

 無難を求めた大量消費と繰り返し。
 それは、テレビマンたちをとりまく相当苦しい環境にも原因がある。

 戦前の日本やGHQが居る時代が終わっても続く、自主的な検閲と一部の圧力的な視聴者による表現規制。加えて、巨泉氏の話にも出ているけど、一社独占スポンサーが減り、CMのばら売りが通常化した結果の視聴率至上主義の蔓延。(1990年代以降のアメリカ輸入の数値目標主義の影響もあるが。ex.日本テレビ)

 まず無難な表現で敵を減らし、無難な繰り返しで大衆の心をつかみ視聴率を保持するようになっていく。(伸ばすのではなく)
 
 多数をとればいいのだから、少数の金持ちとかインテリの支持はいらない。彼らにうけるには予算や時間が必要であり、当然ながら効率が悪い。

 行き着いた先が、巨泉氏の話だろう。

――テレビが日本の民度低下に影響しているということはありませんか。

大橋 その見方は、すごく皮相的だよ。(米国では)ビル・ゲイツもブッシュ家も、ニュースやスポーツ中継以外、テレビなんか見てませんよ。(日本も)勝ち組とか金持ちとかインテリがテレビを見なくなっただけなんですよ。負け組、貧乏人、それから程度の低い人が見ているんです。だから、芸能界の裏話を共有した気になって満足しているんです。

 我々の頃はみんなが見ていた。だから、30%、40%の視聴率が取れた。でも、今じゃ、僕だってテレビなんか見ないもん。テレビを見ている暇があったらインターネットを見た方が、面白い話がたくさん出てくるよ。テレビは今に「貧困層の王様」になるはずです。

 負け組などの嫌な字面を使うより、もっと広く「一般大衆」と表現したほうがいいかもしれない。つまり、テレビを見ているのは、「無難の枠」の内側の人々。テレビを見なくなったのは外側の人々で、セレブ、変人、賢いヤツ(=貧乏人も含まれる)などなど。

 インターネットは「無難の枠」に入れなかった人々、すなわちホンモノのセレブいや変人奇人(犯罪者を含む)も発信者になれる。すると、
 
 1.「無難の枠」外の人々にとって、繰り返しが多くて深みを避けたテレビが相対的に面白くなく見えてくる。
 2.一般大衆にとって、これまで特別だと思っていた芸能人が、実は「無難の枠」に収まった普通人であることがわかってくる。夢の世界が近づいた感覚がして、大橋巨泉氏のいうような裏話の共有に走る傾向が強まる。

 そりゃそうだ。ネット上に散在する掘り下げた記事より、芸能人の話は浅いけどわかりやすい。彼らは表現の一般化に長けたプロなのだから。

 芸能人ブログがはやりだしたのも、「だったら能動的にネットで一般大衆への接近を図ろう」という芸能プロダクション側の賢い転換だろう。先行した眞鍋かをりや中川翔子は日常を書き出し(巨泉氏にいわせれば裸になり?)、一般大衆との同位性をかもし出すことで地位を確立した。
 あと、島田紳助プロデュース・ヘキサゴンのおバカキャラも「一般大衆への接近」で成功している。これは私見だが、上地雄輔は文部省的な学習能力が悪いだけで、頭の回転は運動神経同様に良いと思う。彼は「無難の枠」をはみ出ない特殊人として成功している。
 
 簡単にまとめてみる。

 ~1997年頃 芸能人が憧れだった時代、メディアの王様だった時代
  →その威光のおかげで、テレビ製作側に時間や予算の余裕があった。

 1997年頃~ インターネットの台頭とテレビの地位の相対的低下
  →景気後退とあいまって広告収入(受信料収入)の漸減傾向。
   →低予算で下請け頼みに。
    →無難に既存発想の繰り返しが増える。
    →単価の安いタレントや素人の活用・大量消費へ。
     ex.恋のから騒ぎ(IT時代以前からの先駆け)
     =テレビが特別の存在でなくなる。

 2005年頃~ 芸能人の普通人化=一般大衆への接近
  →インターネットの浸透で、芸能人を越えた市井の奇人が露出
   →相対的に、芸能人の普通性が露呈(何だ、普通だったんだ)
    →芸能人と一般大衆の間で、話題や思考、生活空間の擬似共有へ
     ex.ブログ、おバカキャラ、クイズ番組、タレント本の隆盛。
       ココログ、アメブロ、ヘキサゴン、ホームレス中学生。
    →政治サイドによる一般大衆への接近(世論操作?)も活発化
     ex.ドラマ「CHANGE」、各種政治番組
     =結果として、金持ち・インテリのテレビ離れが加速。

 あらためて、俺は唸った。
 「あの時、全て落としてくれてありがとう」

 今、テレビ業界人や自らプロデュースできる芸能人の苦悩は相当のものだろう。

 が、その視点でみれば、賢い人でもテレビは面白いはずだ。
 作った側が何を考えているを想像する。メディア・リテラシー。
 でも、やりすぎると、どんな情報でも分析してしまって面白くなくなりそうだから、ご注意を。(俺のことか…)

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 インターネットはその無制限さで繁栄した。が、いつでも知識や知見に接しうることは、動物・ヒトにとって起きている時間、すなわち意識の時間を長め過ぎる危険性がある。無意識=脳の回復=睡眠の時間を遠ざけてしまう。
 その点、テレビは一定の制限がしやすいから、何かできるんじゃないだろうか、と勝手に思ってみた。

 どうせ、エネルギー資源が減ってきて、電力単価も上がっている以上、テレビは昼間の1時間とか深夜の2時間を各局交替で電波をとめるとかやってみると面白い。
 関東~関西だったら、独立局(TVKとか、テレ玉とか、岐阜放送とか、KBS京都とか、サンテレビとか)やテレ東しか電波が飛ばない時間帯をわざと作ってみるとか。
 その時間帯は視聴率のパイが広がり広告収入が上がるわけで、これまで規模の制約を受けていた独立局や大都市圏周辺のクリエイターが力を入れやすくなる。アップテンポでサイケデリックでグローカルな、さらにおもろいコンテンツができるかもしれない。くすぶった地方タレントが出てくるかもしれないし、テレ玉で"さいたまんぞう"の帯番組とかいいかもよ。完全競争から部分制限へ。まさに次の時代や、濃縮の発想やね。

 今あるものを、高めた者はより偉い。また作り直して、繰り返すだけではもったいない。。
 
 長すぎる、このぐらいで。

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文明停滞への準備は、日本の若者から。

 幸い、30歳を数年越えた今も、20代前半の方々と話す機会がある。
 直感でしかないのだが、いわゆる1980年代生まれの彼らに共通して見えてくる価値観は下記の通りだ。

 以下、いずれも私を含む1970年代生まれとの比較である。

 政治家→どうせ世の中を動かせない(でもやってる人は凄いと思う)
 公務員→信用していない(直接顔が見える人は別として)
 大企業→安定するとは思わない傾向がさらに。
 職人・専門家→憧れの対象へ、見える技術への礼賛。
 株式投資→存在を肯定する傾向になったが、信用していない
 
 ゴルフ→若いうちに始めるものではない。
 乗用車→別になくてもよい、余計な消費と思う傾向。
 持ち家→今すぐには要らない、というか親の家で良い。
 結婚→30歳までにはしたいとの希望も、経済的に無理はしない。 
 出産→同上

 アメリカ→憧れの対象ではなくなった
 中国→怖がっている
 その他アジア→好意的な傾向に?
 ロシア→できれば付き合いたくない
 欧州→概ね好印象、変化無し。
 オセアニア→若干、好印象へ
 アフリカや南米→変化無し。
 
 要は、拡大指向の発想がさらに衰退してきている。
 所得の拡大は文明の拡大と比例し、文明の拡大は燃料の消費量と比例するから、拡大指向の限界が来ているのは必然である。より若い世代のほうが、言われなくともその未来に気づいているということだろう。 

 となれば、ますます戦後世代(1940年代後半生まれ~1950年代生まれ)とのギャップは激しくなる一方で、コミュニケーションが成り立たなくなるだろう。我々の世代(1970年代)はまだしも対立したが、彼らは何となくでもその違いを肯定していて、そろそろ引退する世代と争うことの愚も心得ているようだ。
 たとえ時代にそぐわぬ無理を要求されたとしても、じっと待てば良い。

 このように、我慢の時期だということはむしろ若い世代のほうが心得ている。ただ、私自身がついていってないのかもしれない。

 頭でわかっていても、まだ「拡大したほうが」の気持ちが身体の隅に残っている。
 もっと落ち着こう。ここで焦っても余力どころか基礎力まで失ってしまいそうだから。

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リピーターとなる瞬間。

 一週間ほど前の話。
 海鮮鉄板焼定食750円を頼んだら、思った以上のものが出てきた。ボリュームも充分、うまい。
 だが、飛んだ油が手につく…つく・・・

 アッ!
 スープをこぼしてしまった。

 すると、布巾で拭いてくれるだけでなく、代わりのスープを出してくれた。

 またこの店に行こうと思える瞬間である。 地図


 続いて、市川花火大会の帰りの話。

 主催者である友人夫婦宅を出て、編集者兼ライターのモツ君と近所の銭湯に向う。
 貸しタオルは二人とも頼んだが、石鹸の購入は一つにとどめる。
 
 しばらくして、脱衣所のロッカーの上にモツ君が何かを見つけた。

 『石鹸ここにあるじゃないですか』
 封は開いているが、少し濡れただけで未使用の石鹸が二つ。
 じゃあ、買った石鹸はそのままにしようと、一たんロッカーに片付けた。

 洗い場でモツ君が、また、ケチなことを言う。
 『使わなかったんで、お金返してくださいって言えないですかね・・・』

 だが、試してみる価値はあるので、「俺が言ってみるが、実際に買ったのは君だから横にいるように」と答えた。

 番台の親父さん(といっても私と10歳ぐらいしか違わないだろうが)は、
 『普通はダメなんですけどね、いいですよ。』と30円を返してくれた。

 30円だが、モツ君に言わせると、のれんをくぐって外にでたときの私は喜色満面だったという。私も充分ケチくさい奴である(笑)

 「また、あの銭湯に来ないといけなくなったな。」
 『そうですね、来年の花火大会の後は必ず来ましょう。』

 気持ちの良い夜になった。


 ※注 当たり前ですが、銭湯の石鹸は買取りが普通です。たまたま花火という祭りの日だったから、店主?の方もお許しいただいたのだと思います。あと、代わりのスープも出てこないのが普通です。

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