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2030年、封建制復活!?

 …と、まあ、アホなタイトルをつけては見た。

 文明発展の停滞、貿易立国でいるメリットの低下に伴う、自由競争の回避。
 江戸時代のような状況に近づいていくのだろうと、勝手に想像している。
 私が還暦を迎えるまでには、明らかな傾向が見えてくるだろう。

 現状で尊重されている自由主義は、「文明」が発展する時にこそ力を発揮する。(その当時信じられている)数字や科学・論理で正しければ価値があるとされ、人々の感情や土地の風土は軽視されがちである。

 一方封建主義は、文明発展が停滞して経済拡大が難しい時期に有利で、男性的な欲を納得させる(鎮める)効果がある。地位や異性への欲望を、誇りや忠誠心のエネルギーに変換して、物財への執着を家族的な優先順位で説得する。「あの家の子だから、ああなれる」「お兄ちゃんだからガマンしなさい」「兄だから実家は俺が相続するぞ」・・・

 金融などで破綻が明確化されつつあるが、(私も以前に予想はしていながら、株で含み損を一時100万円以上抱えていた)、科学や数字による思考の限界すなわち文明発展期の終了が近づいている。つまり、食料生産やエネルギー効率、物流能力等の改善についても、高止まりの時期が来る。
 人口は日本やドイツを皮切りに減少が始まり(すでに始まっている)、20~30年もたてば地球規模で下り坂を迎えるだろう。当たり前のように経済規模は縮小に向かってゆく。

 先述のように、出来る限り自由競争を避け、既存の生存環境を維持することが優先とされる状況が来るはずだ。すなわち、突出した人材が暴れるのは避けられるから、さらに封建制の度合いが深まる。。
 それでも、一部の優秀な人材は、外部者であっても採用される余地を残すべきだ。突出の希望がない世の中など何も面白くない。それこそ、またやってくるであろう変化・文明発展サイクルへの火種を消すことになる。
 封建制の特色である現行システムの維持だけでなく、変化への火種の維持という側面において、江戸時代を参考にしたい。

 その前に・・・私見だが、今もなお封建社会は残っている。

 既存権威の尊重と継続、家族の重視と言う点でいけば、政財界や芸能界の世襲などは封建制の継続だ。二大政党制だって、政権窓口の寡占と言う点に限ればそうかもしれない。
 親族のコネを使った就職だって、まさにそうだ。親の権威の尊重、血縁の重視。まさに封建制である。

 親会社の一つをAとする合弁会社Bに就職した女性にこんな話を聞いた。
 『お父さんがAに勤めてたんだけど「Bを受けてみな」って言われたの。でも、もう引退しちゃってるから、コネじゃないよね・・・』

 それが、親コネやないか。軽くはあるけど(笑)
 その後の彼女は6~7年ほどでB社をやめている。A社が資本撤退した後のことで、父への遠慮がなくなったのは間違いないだろう。
 お父様に全ての採用審査を通過できるほど強い影響力はないだろうけど、見知りの後輩や昔の部下が出向していたとして、『せめて、書類だけは通してくれ』とか、あるいは娘の進捗を聞いて『君が面接官ならお手柔らかに頼む』ぐらいの示唆はしただろう。あるいは本当に示唆すらなかったかもしれないが、Bの採用側が勝手に審査の判断要素に組み込んだかもしれない。
 
 だが、私自身、親コネその他の存在は否定するどころか、時勢に応じてはどんどん使えと思っている。経済が拡大しない時代、文明の発展が見込めない時代であればなおさら、現行システムの維持が好ましい場合は、破壊や下手な独創を好みやすい外部者を入れるよりは、言い方は悪いが、たとえ能力が低くても既存の前例に従う可能性が高い、代々の血筋を入れたほうが無難なのである。
 この思想は、国家公務員試験にも生かされている。資格試験は純粋に実力だが、その後に行われる省庁ごとの面接では、学歴や血縁等を考慮して既存維持型の人材を確保し、破壊に傾きやすい逸材?を入れない仕組みが出来上がっている。他には、巨大企業やマスコミもその傾向がある。職人のせがれであり、逸材でないにせよ破壊性が疑われやすい私などは、新聞テレビ出版と7~8割の書類試験に合格しながら、面接をパスしたのは十数社で1社しかなかった。逆の意味で今でも誇りにしている。(苦笑)

 ここまでは、多少のイヤミを含めた。親コネの長所をわからないままに、人情や慣習だけで採用している担当者は反省しろと言いたい。それ以上に、血縁の恩恵を当然だと思って、驕り振舞う輩は、猛省をお勧めする。(いっぱいいますね・・・また苦笑)


 やっと、江戸時代の話に戻れる。(勝手にそれただけだが)

 徳川家康は戦国時代という自由競争時代を終息させるべく、男性的な「プライド」と「嫉妬」のコントロール、つまり競争心の沈静化に注力した形跡がある。譜代大名には少ない領地の代わりに国政に参与させ、関ヶ原以降の臣下である外様には大きな領地を与えても、国政には関係させなかった。「譜代は身代が小さいから」「外様は国事に関われないから」と、相互に認め合わせる基本構図が出来上がる。
 それでも、嫉妬や紛争の種は残る。例えば、戦国時代の怨恨が残る大名同士を江戸城で同席させないとか(例:南部家と津軽家)、様々な工夫がなされた。そこに公方様の顔は直に見てはならないなどの武家作法を厳重に整備して、徳川流の封建社会が完成する。

 ただし、封建制を続けると、必然的に能力やモチベーションは下がってゆく。たとえ封建制でも改善・革新は必要なのだが、既存システムの維持が前提だから、『別に手をつけなくても罪にはならない』と前例主義が絶対視される危険性がつきまとう。
 それで、江戸期の武士というのは世襲のアホが目立ったのだが(だからこそ、飯の種を残してくれた先祖への崇拝はしっかりしていた。麻生首相がそうであるように・笑)、やはり運用がいかなくなるので、外部登用の道がしっかりと残されていた。

 士農工商、すなわち「士」以外の身分が「士」になるためには、いろいろなルートがあった。
 能力と人格。素質とやる気。
 著名人 3名をあげて、私なりに説明する。

 ・細井平洲(1728-1801:上杉鷹山の師、経済学者)
 もともとは愛知県知多半島の付け根あたり(現・東海市)の農民出身。名古屋のほか、京都などで修行。数え37歳の時、江戸で私塾を開いていた所を米沢藩の藩医に認められ、藩主・上杉重定の養子に入っていた直丸の教育係として招かれる。この直丸が後の鷹山上杉治憲だ。生涯の師弟関係を続けて、平洲の思想が藩政改革に生かされたのは有名である。その後、各藩に招かれ、故郷・尾張藩の藩校・明倫堂の初代校長も務めた。→詳細
 
 ・伊能忠敬(1745-1818:天文学者、測量家)
 名主(農民身分)の家に生まれ、千葉県佐倉の商家に婿入りして酒造業などに采配を振るう。50歳になって息子に家業を任せ、単身江戸に出て幕府天文方の高橋至時に師事する。その後、(おそらく暗に天文観測を兼ねて)地図作成事業に着手し、師の若すぎる死の後もその子・高橋景保(後に、地図をシーボルトに提供した罪で獄死)らの協力を得て完成を見る。作成事業の中途に代々名字帯刀の許し、すなわち世襲の武士身分を得ている。

 ・勝海舟(1823-1899:幕末の政治家、彼の3代前が武士以外の身分)
 まず、曽祖父の米山銀一は盲人に許されていた高利貸しで財を無し、その子平蔵が武家の株(世襲権)を買収して、男谷家を起こす。平蔵の三男・小吉が、勝家に婿養子に入って生まれたのが麟太郎(海舟)であり、曽祖父が荒稼ぎしてなければ、彼の存在はなかった。勝家じたいは家禄も低くて貧乏で、父・小吉は文盲でケンカばかりしていたものの、麟太郎は自身の才力で足場を掴んでいく(もちろん、気迫や胆力などは父譲りだろう)。幕府海防掛となり、国政関与の一歩を踏み出したのは31歳。咸臨丸で太平洋を横断したのは、38歳のことである。

 あえて年齢を入れたのは、上記3人ともが30歳を過ぎてからの出世?街道だと示したかったからだ。昔は早く成人したとかいわれるが、特に商人や士族についてはそうとは限らず、しっかり熟成してから役割を担当する。三井家越後屋のような大商家であれば、15歳ぐらいで丁稚奉公を始めたとしても、番頭になるのは早くて40歳前後、のれん分けはそれ以降の話であり、妻帯して自宅を構えるのも40歳を過ぎてからのケースが多かったようだ。

 また、大名のような身分の高い人物でも、無能と悟られれば、容赦なく切られることがあった。ある殿様が「発狂」を理由に隠居とか、実子がいるのに養子をとったりなどは、その現れである。封建制の形をとってはいるが、その実は罷免でしかない。
 例えば、紀州藩主・徳川重倫(1746-1829)は、吉宗以降の将軍家と近い血筋でありながらも30歳で隠居させられ、5歳の息子・治宝(後に藩主)がいたが、叔父にあたる徳川治貞がその後を継いでいる。平然と刀を振り回し、領民を鉄砲で打つような輩だったらしく、当然の措置といえば当然だが。

 というわけで、身分なり門地で制限されているように見えて、実力社会の余地を残す。それぐらいがちょうどよい時期を迎えるのではないか。賢い子がいれば、その子の態度が良ければ生家が貧乏でも周りが引き立てる。逆にアホ(能力・人格両方の意味で)なら、家の門地が高くても表に出さないか実権を与えないか、追放する。極めつけは死んでもらう。(おお、こわ。ただし、これらの判断の多くは、それぞれの身分を代表できる者たちの合議制で決まる。)

 部分競争型封建主義といえばよいだろうか。有能者だけが自由競争の場に参加して、人格+一定水準の能力で役割が決まってゆく。このシステムの長所は、有能者であっても私欲を抑制できなければ、重要なポストにつけない、守れない点にある。
 能力があって人格がしっかりしていれば、祖先から受け継いだ門地を容易に守ったり、広げられる。あるいは、社会を動かすポストに入り込める。その逆(大多数・今の私を含めて全体の 9割ぐらい)であれば、現状の維持を続ければよいし、「拡大」「変化」とせっつかれないからそれでよい。無理に自信を出して失敗した挙句、「儲けられなかった」「不合格が続いた」などと自殺する必要もない。
 能力に応じた生活が、封建制では黙って許される。昭和の経済成長体験を引きずった方々に多い『とにかく自分が動きたい』『(何でもいいから)変化させたい』と闇雲に暴れては、さらに後世に迷惑をかけるタイプは激減するはずだ。(時代によってはそういうタイプが重要だが。)

 現代風に言うと、
 「貧乏は、モノが変えなくて大変だなあ」
  『いや、気を張らない生活がいいかも』
 「名門か、しきたりや勉強で大変だなあ」
  『いや、頑張った結果の維持なら、名門の面倒くささもアリだろう』

 江戸時代だと、
 「お侍は、最悪の時は切腹させられる。戦争にも行かされる。大変やなあ」
 「商人は金銭のことを始終心配せねばならんし、農民は天気の心配はするなど娯楽が少ない…」
 などと、お互いに案じて思いやればよい。

 以前のブログでも書いたが、貧しさの同情・共感にも増して、豊かさへの同情・共感が、社会安定への一歩ではないだろうか。
 実力主義をうまく使えば、封建制はむしろ良い話だ。

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