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俺がもてない理由=助けてもらった時

 不公平な気がしたので、自己分析もやってみる。

 「男は助ける脳」「女は助けられる脳」
 不満への対応は、男は忘れ、女は溜める・・・

 古本屋で目に留まった本に書いてあった。
 なるほど、それであの女性からにらまれ続けていたのか。。

 職場のある女性、私を見るたびに冷たい目をして来た時期があった。
 嫌われるようなことをやった覚えはなかったが、あらためて考えてみると理由は単純。間が悪いとはこのことで、数ヶ月のうちに彼女とからんだ業務で二回連続でミスや根回しの不行き届きを指摘され、うち一回は彼女がカバーしたのだった。

 この頃より少し前、すべて自分で背負おうとした発想を捨てて、やってもらえることは正直に感謝しようと切り替えたところだった。今はさらに業務範囲が増し、それでも残業を減らすという労働圧縮(つまり業務効率化、労働生産性の向上=この言葉はなぜか好きになれない)を続けているところだ。

 それで、「申し訳ない、ありがとう」のつもりだったが、口では「私がやっておきます」といっていても、内心『自分でやってよ』と思うケースは他でも多々ある。だから2回目は自らでリカバリーしたのだが、すでに遅かったというわけだ。(というより、1回目の時点で『もう私がやりますから』の口調だった。「いや、それは私がやるよ。」とは言わせないような・・・苦笑)

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いい女がもてない理由=本音の欠如?

 幸いにしてお誘いがあり、様々な場でお話させていただいている。
 単純に飲み会だったり、母校の企画だったり、合コンの類もある。(相変わらず勤め先がらみがない・苦笑)
 
 その中で、あらためて強くなった感想がある。
 表情豊かでお話も面白く容貌も良い女性が、もてない理由だ。
 ようやくにして明確になってきた。
 自戒をこめつつ、書いていく。 

  1.悪いことを一切言わない。(悪口を全く言わない)
  2.付き合いが広い。(その人の職業の割には)

 共通するのは、「本音が見えづらい」ことだ。これは男の私自身にも共通していえることだが、『仮にこの人と付き合っても、色々と案じなければいけない』と異性に思われてしまっては、深い付き合いになりづらい。
 悪口がなければ目先の不快感はないだろうが、「気を使わせているんだろうな」と思ったり、あるいはその裏にある意味などを想像してしまえば、それこそ辛くなる。なにより、たまに不満や愚痴を述べた時には、『何だ、実はこんな批判心を持っていたんだ』と、これまでの態度と比較されて、過剰に悪い人に見えてしまう。
 2.の付き合いが広いことも、それ自体はプラス材料で、さらに人脈を繋ぐハブとしては大いに期待されるだろう。が、一歩進めて恋人関係とか生涯の伴侶になろうと思えば、かえって不安材料になる。営業マンとか政治家とか職業上の付き合いならともかくも、『あんなに大切な人が一杯いて、本当に自分を重視してくれるんだろうか』と思われるのは人情だろう。

 いずれも無難を目指しているのだろうが、多少賢い男(女)からすれば、悪口がないことや付き合いが多いことは、取り繕うのが上手いことを示しているといえ、人間味を感じられなくなる。
 そういえば、こういう方々は(私も2.で当てはまる)、空気が読めないと言われる異性(同性も)から好かれるケースが少なくない。そらそうや、表面上のアドバンテージを鵜呑みにすることを「空気が読めない」と言うんやから。

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2030年、封建制復活!?

 …と、まあ、アホなタイトルをつけては見た。

 文明発展の停滞、貿易立国でいるメリットの低下に伴う、自由競争の回避。
 江戸時代のような状況に近づいていくのだろうと、勝手に想像している。
 私が還暦を迎えるまでには、明らかな傾向が見えてくるだろう。

 現状で尊重されている自由主義は、「文明」が発展する時にこそ力を発揮する。(その当時信じられている)数字や科学・論理で正しければ価値があるとされ、人々の感情や土地の風土は軽視されがちである。

 一方封建主義は、文明発展が停滞して経済拡大が難しい時期に有利で、男性的な欲を納得させる(鎮める)効果がある。地位や異性への欲望を、誇りや忠誠心のエネルギーに変換して、物財への執着を家族的な優先順位で説得する。「あの家の子だから、ああなれる」「お兄ちゃんだからガマンしなさい」「兄だから実家は俺が相続するぞ」・・・

 金融などで破綻が明確化されつつあるが、(私も以前に予想はしていながら、株で含み損を一時100万円以上抱えていた)、科学や数字による思考の限界すなわち文明発展期の終了が近づいている。つまり、食料生産やエネルギー効率、物流能力等の改善についても、高止まりの時期が来る。
 人口は日本やドイツを皮切りに減少が始まり(すでに始まっている)、20~30年もたてば地球規模で下り坂を迎えるだろう。当たり前のように経済規模は縮小に向かってゆく。

 先述のように、出来る限り自由競争を避け、既存の生存環境を維持することが優先とされる状況が来るはずだ。すなわち、突出した人材が暴れるのは避けられるから、さらに封建制の度合いが深まる。。
 それでも、一部の優秀な人材は、外部者であっても採用される余地を残すべきだ。突出の希望がない世の中など何も面白くない。それこそ、またやってくるであろう変化・文明発展サイクルへの火種を消すことになる。
 封建制の特色である現行システムの維持だけでなく、変化への火種の維持という側面において、江戸時代を参考にしたい。

 その前に・・・私見だが、今もなお封建社会は残っている。

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やる気のある者は去れ。「政治」と「経営」

 ある大物経営者の話を、その会社に務める友人に聞いてみた。
 若い頃に財務か何かの担当の時に投資に失敗したり、かといって市場開拓など攻めの姿勢も少なく、華のある社員生活ではなかったという。それが会社自体が多額の負債や損失を抱えた時、社長についた彼の冷徹な選択と集中つまり事業のリストラにより業績は一気に回復した。
 それが今では、『攻めの姿勢に転じられない』などと言われて、会長には退いているものの、そのマイナス面が指摘されているという。同氏は損を切る時代の経営者としては優秀であったが、事業拡大型ではないといったところだろうか。

 さらにもう一つ話題を。
 7、8年ほど前、ある青年系任意団体(いわゆるNPO)が、理事制度を取り入れた。大勢の意見は定員以上の候補者を受け付けて理事選挙を行うべしだったが、年かさ(といっても当時20代後半)の1人から候補者を定員とおなじにするよう調整を行えとの意見があがった。彼は落選者が1人になるという立候補状況に対して、もっとも落選しそうな一人をあげ、『このままでは遺恨が残って、団体運営に差し障りがでる』と、候補者調整を勧めてきたのだった。
 今、その年かさの1人は国会議員になっている。政治は、複雑な問題に対して、出来る限り平等な状況を発生させるべく、妥協を積み重ねる仕事といえる。

 経営(Business)と政治(Politics)の性格の違いが如実に現れている。
 あらためて書くと、
 一つの集団における効率・効果の向上をめざすべく、ある一定の秩序を決める(絞り込む)のが経営。
 公共の利益保持あるいは不公平を防止すべく、さまざまな手段で調整を図るのが政治。

 先の記事でも書いたように、全く違うものだということに最近気づかされた。
 ただし、共通点もある。

 自分のやりたい事を反映させようとした場合、周囲の時流や見解とずれていればいるほど失敗するのが・・・政治であり、経営である。

 「やる気のある者は去れ」とは、芸能界の政治家かつ経営者的な?タモリの座右の銘という。

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