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やる気のある者は去れ。「政治」と「経営」

 ある大物経営者の話を、その会社に務める友人に聞いてみた。
 若い頃に財務か何かの担当の時に投資に失敗したり、かといって市場開拓など攻めの姿勢も少なく、華のある社員生活ではなかったという。それが会社自体が多額の負債や損失を抱えた時、社長についた彼の冷徹な選択と集中つまり事業のリストラにより業績は一気に回復した。
 それが今では、『攻めの姿勢に転じられない』などと言われて、会長には退いているものの、そのマイナス面が指摘されているという。同氏は損を切る時代の経営者としては優秀であったが、事業拡大型ではないといったところだろうか。

 さらにもう一つ話題を。
 7、8年ほど前、ある青年系任意団体(いわゆるNPO)が、理事制度を取り入れた。大勢の意見は定員以上の候補者を受け付けて理事選挙を行うべしだったが、年かさ(といっても当時20代後半)の1人から候補者を定員とおなじにするよう調整を行えとの意見があがった。彼は落選者が1人になるという立候補状況に対して、もっとも落選しそうな一人をあげ、『このままでは遺恨が残って、団体運営に差し障りがでる』と、候補者調整を勧めてきたのだった。
 今、その年かさの1人は国会議員になっている。政治は、複雑な問題に対して、出来る限り平等な状況を発生させるべく、妥協を積み重ねる仕事といえる。

 経営(Business)と政治(Politics)の性格の違いが如実に現れている。
 あらためて書くと、
 一つの集団における効率・効果の向上をめざすべく、ある一定の秩序を決める(絞り込む)のが経営。
 公共の利益保持あるいは不公平を防止すべく、さまざまな手段で調整を図るのが政治。

 先の記事でも書いたように、全く違うものだということに最近気づかされた。
 ただし、共通点もある。

 自分のやりたい事を反映させようとした場合、周囲の時流や見解とずれていればいるほど失敗するのが・・・政治であり、経営である。

 「やる気のある者は去れ」とは、芸能界の政治家かつ経営者的な?タモリの座右の銘という。

 タモリ倶楽部を見ていると、力を抜く達人ではないかと思わされる。そうしているうちに、時々の流行ものが近づいてくるから、同氏が自分のセンスでそれらを料理するだけで一つの笑いや見物として完成する。タモリ倶楽部であれば、構成作家や出演者がネタをもってくるし、鉄道ネタもいろいろな話題が勝手に寄ってくる。笑っていいともは、レギュラー・ゲストともに旬のタレントが入れ替わる体制が完成しており、タモリのマンネリにさせない味付けや演出が長寿を保たせている。
 これが、「俺はこれがやりたい。あれがないとダメだ」といった人物なら、誰も寄り付かないだろう。時々の素材をうまく生かしてこそ、力少なく最大の効果を発揮する。そういえば、タモリ氏は料理がご趣味だった。
 
 つまり、政治も経営も、究極の所は受け身であるといっていい。
 
 無数の偶然を受け付ける能力が常にあれば、時勢に合わせた効果を発揮できる。経営であれば偶然に沿った取捨選択に努め、政治なら徐々に重心が動くよう調整する。
 あとは、すぐに思うような結果が出なくとも、粛々とやることをやればよい。全地球的に経済拡大が難しくなっている以上、目先の欲はかかないほうがよい。

 初出の経営者とは、伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長のことだ。同氏のお言葉から引用する。
 exciteブックス インタビューより

つらい仕事を成し遂げると自信になるし弱い人の立場に立てるようにもなる。大した苦労もせずに良い結果だけ出すと人間は傲慢不遜になってしまう。苦労が人間を高めていくんです。だから伊藤忠商事でも、儲からない部署で苦労している社員に私は「君、よかったね。これを乗り越えたら、人の弱みとか苦しい時の自分の人生の処し方というのが分かるんだから、会社から給料をもらうんじゃなくて、会社に金を払ってくれよ」と言っている(笑)。辛い仕事を通して自分が成長していく、それが仕事の見えざる報酬というものなんです。見える報酬よりも見えざる報酬を人間というのは基本的に求めるべきものなんです。
――そちらのほうが大事だと。
仕事に対する考え方はそうあるべきです。課長になりたいから課長を狙って仕事をする、なんていうのは永遠に捕まらない青い鳥を追うようなもの。そんな俗な考えを持って仕事をしてはいけない。一生懸命仕事をする。それで周囲の人が喜び、そして自分も成長する。それを繰り返しているうちに、課長になったり、部長になったりするんでしょうね。

 自分中心の、俗なやる気は要らない。求めるなら見えざる報酬を。
 「稼げ」「頑張れ」「仕事せい」「(俺のように)偉くなれ」と言うトップは多いが、こういった形で励ませる人はそういない。

 この私自身も、ともに仕事をする後輩を次々ととられ、俸給まで伸び悩んでいる。が、その間に得たノウハウや感性というのは変え難い財産になっている。(それでもなお、色々と周囲にご迷惑をおかけしてますが・・・重ねて、感謝です。)
 俸給が伸び悩んでいるのも残業を減らす工夫をした結果であり、非効率に働いていた時代の給料を、知らないうちに会社(や顧客、株主)へ返しているのかもしれない。

 先日、 母校の就職活動者向け企画に微力を尽くした。
 前回の参加は 4年前で、ちょうど今の仕事に関わる直前だった。20代の頃にくらべて、言動が変わっていることに自分でも気づいた。「やらなくていいこと」の見極めと「人を認めて任せる」態度に磨きがかかったのが、目立った成長点になる。自己評価だから、不正確なものかもしれないが。。

 少なくとも、自分だけのやる気が強くては、成長できなかったことは間違いない。

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コメント

最後の方のお説、思わず唸りました。

投稿: ちゅうちゅう | 2008/11/08 01:00

静かに燃えるのが良いですな。

投稿: そうたろう | 2008/11/08 01:03

>ちゅうちゅうさん、そうたろうさん

周囲が受け入れ難い「やる気」なら、自己満足に終わる覚悟をしろ。
この記事の趣旨を言い換えてみました。
認められなくても、儲からなくとも、燃えてみる。
特に芸人や芸術家はその代表例かと思います。

投稿: こんだぃ=筆者 | 2008/11/08 10:20

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