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大物とよそ者は、一瞬で嫌われる

元プロ野球選手のA氏に、
 『ハァ?』
 と突っぱねられたのが、トラウマになっている。

 あるトークセッションの聴衆として質問したら、非常に良い回答を得たのに残念だ。

 同氏が監督としても活躍したチームは、祖父が大ファンだった。そのチームとは縁もゆかりもない、洛南宇治で一生を終えたにもかかわらず応援していた。

 それで、「祖父がファンでした」と言ったのが、鬱陶しく思われたようだ。

 私が気を重くした原因はわかっている。
 好印象の後に悪印象を受けたことだ。その落差が大きかったからだ。

 以前、首相になる前の麻生太郎に無視されたことを、ラサール石井が激怒していたのもそうだろう。
 漫画好きの大物政治家が、こち亀の銅像除幕式にやってくる。さらに主役の声優を務める自分なら、注目も浴びると期待していたのが、大はずれだったらしい。

 大物は私を含めた小物から勝手に期待される。だが、すべてに応えることは出来ないから、何らかの形で裏切らねばならない。
 小物たちに失望感だけを残してしまえば、後でよく働いてくれる保証はないため、出来る大物ほど誠意を尽くす。前の記事にも書いたように、豊田喜一郎はリストラの実行と引き換えに、創業者でありながら社長を辞めた。だからこそ、豊田家自体の求心力は今も続いている。

 元プロ野球監督にせよ、首相でなかったころの麻生氏にせよ、目配せだけでもすればファンを減らすことはなかっただろう。
 私にファンがいるとは思わないが、この「目配せ」には気をつけている。
 『えっ、相手にされていない』の失望感を少しでも減らすように、小物の私だからできる心遣いを続けている。


 一瞬で嫌われやすいのは、「よそ者」扱いされた時もそうだ。
 
 先の記事で、カラオケの曲を知らずに消されたうえに、一小節が終わったとたんに途中終了されたのも、私の不徳な挙措が『嫌われ』を受けた結果ではなかっただろうか。
 関西出身とはいえ、東京に出て10年以上。すでに「東京で慣れた人」の扱いを受けて久しい。身内・味方に見えるが実はよそ者…
 関西で頑張ってきた彼らには彼らの文化があるだろうに、私が目立つことが不快だったのかもしれない。あるいは少しでも空気が違うと、「やはり外敵か」とみなされたのだろう。
 (ただ、途中終了されたのは、試しに入れてみた北島三郎親父の演歌だった。一言「空気違うぞ」と突っ込みを入れてくれば「そら仕方がないわ」と引き下がれたのに、前の女性達も唖然としていたのをみて、おかしいと判断した俺はブチ切れしてやった。)

 なおも、その飲み会のメンバーに私は好意を持っているのだが、おそらく「ブチ切れ」の印象が濃いメンバーに加え本当に「外敵」「よそもの」扱いする人が多ければ、もう受け入れてもらえないだろう。
 関西という土地はそうやってアイデンティティを守ってきたこともよくわかっている。悲しいことだが、私に不徳の部分がある以上、止むを得ない。


 と、一定の総括をしてみたのだが、「よそ者」と始めに断りを入れても嫌われることがあった。

 東日本のある県の県都。その地域の主力産業の一つを議題としたワークショップが開かれ、私自身はファシリテーターいわゆる議論のまとめ役として手伝いに行った。
 担当したテーブルは関連企業の方が多く、主力産業の定着を他県でも実現する方法などを話し合った。

 そのままの流れで私がテーブル代表の発表役を務め、「よそものの表現でもしご不快を感じたら~」と前置きをしてから、関西なまりを排除しつつ話すことにした。発表自体は総じて好評を受けた。

 が、質疑応答でいきなり怒りの声。50代ぐらいと思わしき一人の男性が、『(企業による)営業とは失礼な。そんなことされなくても私は受け入れる。よそ者に言われる筋合いじゃない』と立ち向かってこられた。
 私は自身の表現自体を詫びて、テーブルではそのような言葉を使っていないことを述べた。

 終了後に聞いた話によると、怒りの男性は、属されたテーブルではもっともおとなしい方だったそうで、『なぜ、この職種についたかわからない』としきりにおっしゃっていたという。
 さらに、別のテーブルのファシリテータを勤めた会社社長のご分析では、
 『ああいった、笑いを誘うように計算された表現が、不快だったんじゃないかな。関西の方(つまり、よそもの)が、全員そういうわけじゃないでしょ』

 確かにおっしゃるとおりだ。おとなしい方からすれば、『なぜ、お前は面白おかしく語るのだ?』と違和感を覚えられるだろう。違う所にいるからそういう態度でいられるんだろ?…大物から冷たい仕打ちを受けたときの距離感に似たものがあるかもしれない。『あんたは恵まれているからわからない。俺の苦しさを…』


 大物にせよ、よそ者にせよ、「お前にこの気持ちがわかるか!」の心境で嫌われてしまう点は共通しているようだ。

 その距離感を浮き彫りにして、違いへの気づきと思考を促すのが、マスコミ各位の役割かもしれない。だが悪い表現をすれば、対立や不信感を煽って面白くしているともいえる。
 大物でいえば、麻生首相がされたような、礼賛と持ち上げの後にくる非難の嵐。よそ者でいえば、地域の閉鎖性や信教の違いを際立たせて、異物感を強調させる…ワークショップの私も、そういった節がなかったといえば嘘になる。

 先述のワークショップに参加されていたある地方議員がぼやいていた。
 『勝手にマスコミが悪印象をつくるから、他の地域では(議題の主力産業について)検討すらできない…』

 オオモノとヨソモノは嫌われ続ける。
 その溝が、第三者の手によっても広げられているのだから。

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