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嫌いこそ物の上手なれ(過度なプロ意識は逆効果?)

 逆説好きの私がいいそうなことだが、嫌いな仕事でもそれを楽しみに変えた人や、あるいは堪えてモノにした人のほうが、よい結果やよい判断を残していることがある。
 もっと簡単に言えば、好きな仕事ではないから「こだわり」がない。だから柔軟な動きができるのだ。

 年が行けば行くほど、失敗の反省よりも過去の成功事例へのこだわりが強くなりやすい。私もそういう傾向になるかもしれないし、人のことは言えたものではない。そこで大先輩達のある言葉を思い出した。

  1.「アマチュア」だから、いろいろやれるんですよ。
  2.仕事が嫌だと思った時期が早いほど、長く続く。
  3.世の中には「天職」などない。

 1.は俳優・山崎努(敬意をこめて敬称略に)の発言で、70を越えた老優だからこそ響く。
 どこの雑誌で読んだかは忘れたが、確か『代役なら山崎でいいんじゃない』との話でも進んで仕事をうけたほうが、こだわりもなく色々な演技ができる、というような話があった。かつ、まだアマチュアだという意識があるから、若手の演技や意見をも参考にできると。

 2.は学生時代にお聞きした、木工所の親方のお話だ。
 嫌な部分を早めに理解した者ほど、その仕事を持つ厳しさを受け入れるのが楽だという意味だったと思う。
 単純な希望を持ってしまえば、いざ壁にぶちあった時が辛い。事実、私の周りでも「社長になるぞ」といっていた同期が早々に辞め、少数派の別棟勤務に始まり2~3年目は出向と、どちらかといえば不遇だった私のほうが社歴10年を超えている。(次の話が頭に残っていたのもあるが) 

 最後の3.は、わが父のせりふである。以前にも紹介したはずだ。
 経済的には、尊敬することがほとんどない父だが、生き方にはいろいろと感銘する部分がある。「好きでなくとも、続けていれば鍛えられる。だから、容易に天職じゃないと思うな」のような話で、結果として通算50年も職人稼業になった父のホワイトカラー転職失敗歴などがそう言わせたのだろう。それが60代後半になっても手足十分に働けるのだから、ホワイトカラーでなくて良かったとしかいいようがない。

 運命を受け入れる強さとか、謙虚さとか、冷静さとか。「好き」なことはそういった苦味を感じなくて当たり前だが、「嫌い」なことで発揮できれば、実に頼もしい限りだ。
 『好きなことで儲からない』というのはある種の甘えだと思うのは、自分の好きなことをやると限定した時点で他者への配慮が抜けているからで、それで儲けようというのは何の謙虚さもかけらもない。プロスポーツ選手だって体にかなりの負荷をかけているし、芸術・芸能関係だって、まったく持って労働時間も収入も安定しない苦しさがある。

 好きで楽な状態で儲けている人間はいないのだ。もし一時的にそうだとしても、アメリカの金融マンのような信用失墜・転落のようなリスクを背負っていたり、学者ながら政治家としての栄達も得た○中○蔵先生などは、以前のセクハラ事件をネタに某国から脅しを受けてその言いなりになっているという説もあり、まあ見えない所で色々な苦労があるのだろう。

 と、理性で考えることはできるのだが、なかなか感情まではごまかせない。
 「あのやろう、大したこともないのに出世しよって」とうらやみつつ、「こんなに休んでるオレが言えた様やない」と思ってみたり、「この忙しい時に処理が遅い」とPCの画面をしばいてみたり、まだまだ私の精神年齢は低い。つまり、完全なプロではない。

 ただ、自分の能力に対して常に謙虚ではいるつもりだ。一人っ子の弱点として相変わらず人を頼るのが下手ではあるが、己よりも優れた提案は採用し、頼むべきは頼み、任せるべきは任せ、独善独走がないように心がけている。
 好きになりきっていないから、抱え込むことなくワークシェアもできる。

 それをあらわした言葉が「嫌いこそ物の上手なれ」だ。

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