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せめて、家が貧乏でも学問が受けられて立身できるという、機会の平等を。

 また宣伝ネタかと思われるのを承知で書くが、
 この週末に行う「環境」就職・進路相談会に三十路を過ぎても関わっている理由がある。

 『機会の平等』を担保できる企画だからだ。
 といっても、ここでは企画の紹介ではなく、私の考え方の整理を勝手にやる。

 昭和後半のわが国は、何度も話している通り外交軍事をアメリカに委託して貿易立国に徹した結果、国民のほとんどが豊かになる実感を得た。素晴らしいことだ。
 本来であれば、わかりやすく幸せな時期は長くない。が、例外的に40~50年続いた昭和の成長期は、多くの人々を「経済は基本的に成長するものだ」と勘違いさせた。やがては成長期しか知らない世代が国や企業の舵取りをするようになってから、その方向が顕著に出た。

 特に若者に対しては、昭和日本人の勘違いが厄介になっている。若者は俺たちについて来るだけで、同じように豊かに幸せになるだろうという、前提条件だ。

 若者よ、まず派遣社員でも始めろ、後で何とかなる
  →能力以外にも、上の世代に従順か、学閥か、親のコネが有利材料に…
  →新卒主義のない外資系でも、中途採用対象は大企業社員のみ
 大学定員を増やしたから、皆で高い教養を積め
  →学費は物価以上に上がるわ、大卒の価値が薄まっただけ
  →運よく給与奨学金を当てるか、バイトに追われるか、
   貸与奨学金という将来の借金を背負うかの選択
 発展したネットで、勝手に連携しろ
  →オッサン連中が思うてる以上に発展(それも違う方向に、ウフフ…)

 まあ、全部年寄りの勝手だと思われても仕方がないだろう。
 腐りきった自民党とは比べ物にならないぐらい、いい線をいっている民主党でも「事態を放置した」というだけで、恨まれかねない。

 私は職人のせがれであり、どう考えても上流階級ではない。幸いなことに、母も正社員として稼いでいで、予備校に行くことなくまぐれで合格した(自称)有力私学が通学圏にあった。景気も悪くはなかった。
 だが、多くの庶民家庭の子弟たちはそうはいかない。じっさい、バブルの名残があった私が高校生だった頃でさえ、大学進学を諦めた同級生は多々いた。

 この頃から思っていたのは、意欲があれば学問や修養の機会を得られる世の中なら、貧乏でもいいではないかといった純粋な疑問だった。

 高校~大学時代にかけて、浜口雄幸を題材とした城山三郎著「男子の本懐」や、ドラマ化で話題の「坂の上の雲」などを読んだ影響もある。いずれの主人公も足軽階級以下の三男坊以下で、養子に入るなり国営無料の学校に入るなりして立身を遂げていく点で共通している。しかも旧制中学レベルまでは貧乏な実家の費用でまかなっている。秋山好古将軍の場合は、中学さえ行けずに別の国営無料学校である師範学校に入ることから立身を始めた。
 
 当時は、学ぶ意欲がある人間だけが、高等教育を受けようとした。だから、国営無料かそれに近い学費の学校を作っても、寄付や税金で十分に運営できた。だが、今となってはわずか15年前の私の頃よりも、さらにとりあえず「大学」志向が強まっている。1994年度は18歳人口185万人に対して大学定員が48万人、今年度だと120万人に対して58万人ぐらい…

 大学生が増えすぎている。大変失礼な言い方だが、50数万人の中には親に金があるからというだけでほぼ無試験状態で入学した若者の数も含まれるだろう… 

 単純な拡大欲で大学なんか増やすな。
 学ぶ意欲のない学生に税金や研究費、寄付金を投入して財政破綻するぐらいなら、貧乏でも賢い若者にしっかり投資して欲しい。
 家の財力に関係なく、有能な若者こそ大学などの高等教育を受けるべきだ。

 参考:大学進学率は20%でいい 「下流大学」に税金投入価値なし(J-CASTニュース連載「大学崩壊」第3回/消費社会研究家の三浦展さんに聞く)


 というわけで、大学・学部の新設なぞよりも、奨学システムの設立や充実を図るほうが、よっぽど若者の未来が開けるように思う。
 
 特に地方自治体などは、公立大学を作ったり私学新設への支援はもちろん、高速道路や空港の整備などやめてしまえ。その金で、まさに常盤会(常盤同郷会として現存)のような、地元出身で学ぶ意欲のある若者限定の奨学システムを充実させればいい。本人の学力と意欲を優先に、親の経済力を加味して選抜すればよい。
 やがて、恩に感じた人材が続々と地元に帰ってくるだろう。それも、地域が豊かに暮らせる知恵や知識を出してくれる、良い人材が。

 他地域の有力大学に入学した若者ともつながりを持ち続けられるのは大きい。東京や京都に宿舎まで用意できれば、いま不足がちな、若者を助けるコミュニティの役割も果たせる。地元に残ってもらうことを重視するのなら、近辺の既存大学に入った場合の支援を強化したり、最も近い大学までの通学費分を負担したりなど、色々な知恵が出せるはずだ。

 財政的には、例えば20万人程度の市や区なら、事業仕分けでもして一部の職員に泣いてもらえれば、1億円ぐらいの予算は何とかなるだろう。私学理系でも 年間の学費は150万円。ざっと100人近くは助けられるはずで、例えばわが故郷の某市であれば、大学就学年齢とされる若者(8000人)の1%はカバーできる。通学費だけなどの部分補助も加えると、さらに恩恵を受けられる若者が増える。
 
 いずれにせよ、恩恵を受けてないのに、地元中学校の校長として軍人から教師生活に復帰した、好古将軍のような例外を期待してはならない。それでは「この先良いことがあるだろう」と、昭和の好況を当然だと思っている人たちと同じ発想だ。当然、この私も地元に帰る発想が少ない。親の話題を除いては。

 もっと発展させるなら、ネット奨学金なんてシステムも…
 よし裏で実現化を検討しよう。というか、オレがやるって言う人がいたら手伝うので、連絡ください。(とはいえ、ネットの機会すらない連中はどうなるんやろうか…)

 おそらく、無差別に配って親の手元に入る「子ども手当」よりも、すでに意志が芽生えた若者の立身を助けるほうが、よほど世の中が明るくなる。彼らが世に出るまでわずか数年。即効薬だ。


 昭和の勘違いはなかなか抜けないものだろうか?
 独身で半端者の私でさえ動いているだから。。

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