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経済低成長は民の共助でしのぐ…勝手にやれる「新しい公共」。

 ツイッターで書いた内容が一番まとまっているので、自分で引用する。 

 歴史的にみれば、公共機関による全体への富の分配は経済拡大期のみに成立することで、それ以外の時期(江戸中後期など)は順番待ちしたり民同士で支えあって来た。いま政府に必要なのはバラマキより、民の共助をより進める規制緩和だ。
 これでもう概要は伝わってるはずなので、文章を読むのが苦手な人は、ここで終わっていただいてもよい。

 以下は、解説編だ。

 公共は、全体利益を目指す民の共助を意味している。幸いにして、この百年ほどは、そのほとんどを政府・つまり公共機関に委託できたから、その基本を忘れやすくなっている。

 政府に集まった税金だけで、貧富の差を埋めえた時代はきわめて短い。食料生産が伸び続けるか、外貨を稼ぎ続けるかいずれかの、運のいい時代にしか富の分配は成立しない。わが国で言えば、農業生産が百年で2倍強になった大阪の陣以降の江戸前期、特殊な外交環境を活用して加工貿易で稼いた20世紀の後半ぐらいしかない。両方あわせて百年とちょっとの短さだ。 

 それで、19世紀は私設の時代だった。私塾、民間企業、私設海軍というもの(龍馬伝を見ているわけではないのだが)が、あちこちに現れ、殖産興業から福利厚生までを担った。それが20世紀になると、公と民を本格的に分担できるぞとの風潮になり(正確には欧米を倣っただけかもしれないが)、1938年には内務省から厚生省が独立するまでになる。

 敗戦後は経済成長に乗っかって、税収入の余剰は公共投資や年金や医療費で分配するなどの体制が組まれた。で税収入が落ち込み余剰がなくなった今も、分配(バラマキ)の考え方は変わらない。。


 というわけで、経済低成長期になる見通しが高まりつつあるので、社会問題解決のメインフレームを公共機関ではなく、実は低コストな民間側に戻してみては?の話にいたる。

 国や自治体などが、社会保障や教育その他を全くやらなくていいという話ではなく、公共機関に頼りすぎた、あるいは期待しすぎた国民・市区町村民側の発想の転換が必要だから。このままでは真面目な公務員や政治家は幾ら命があっても足りない・・・
 必要な発想の転換は以下の通り。

  1. 公共投資の費用は税金ではなく、自由応募の債券や寄付、何より実労働でなるべくまかなう→性善説への転換。無駄と思われるものには財が集まらない長所もある。
  2. 公務員は元々民衆に選ばれたわけではなく、全体利益を考えないことがあるのは止むを得ない。→公平性期待の重圧を緩和する代わりに、執行業務に専念していただく。
  3. 政治家は最低限の役割を「共同体の統合」とし、なるべく煩瑣な業務から解放する。→陳情に追われる代議士秘書の姿などは涙ぐましい。政党に関わらず選挙のために蓄財する政治家が、処理を間違えたら検察にやられる姿はもっと涙ぐましい。特に地方議員などは、兼務が可能な状態にまでその職能を小さくしてよいかと。
  4. 政府から金がもらえて普通の発想は厳しく非難してよい。(公務員共済の手厚い保障や生活保護、公共投資による儲けetc) 「既得感」も発生し得る生活保障より、ベーシック・インカムなどの最低収入保証もひとつの手→ただし、議論は相当必要。

 で、自分の力で出来ることから考える。
 具体的には…

 私塾を作る。
 就職相談窓口を有志でやる。
 寝たきりのご老人の食事や風呂の世話を交代でみるアマチュア集団を編成する。
 暴力少年を締めるパトロール団をつくる(ただし、ある方面の協力はあったほうが)。
 燃料電池の共同利用組合をつくる。
 農地法にひっかからない共同農園を作る・・・

 すでに実行されているものもあるが、色々な要望に応じた策が勝手に打てる。
 ポイントは経費をしっかり取ること。でないと、純粋な助け合いや一方的な持ち出しになり続かない。また、社会起業とかいかなくとも、兼業で出来る草の根レベルから始めるのもいい。上下関係を作らずやりたければ、労働者が共同出資して経営もやる「協同労働」向け法人格の整備も検討されている。→日本経済新聞の記事

 ここ3、40年で失われたものを、現代技術にあった形で回復するだけでも良い。
 私の故郷・京都南部で言えば、少年向けに限定してみても、一日に減った地蔵盆(子ども向けのを二日制にしたり、校庭でのキャンプ実習(講師はなぜか市の消防士で実は公務員w)などを復活させるだけでも良い。
 特に前者は、運営する町内会の負担増で辞めたケースが少なくなく、だったら、京都なんだからヒマな大学生(失礼)に運営を委託するとか、色んな手があるはずだ。(って、オレ自身がやればよかった。ちゅうか、地元に戻れば多分やる。この点、昭和の恩恵を大いに受けた世代が廃止したことに、猛烈な怒りを覚える。)

 あれ?一部の大手企業では社員同士の互助が達成できてるぞ。とおっしゃるかたは恐れながら的を外れている。企業には採用試験がある以上、すでに全ての人が参加可能といった条件を達していない。大学単位なども同様だ。
 あくまで、門地や所属団体などに制限されない条件で参加できる互助コミュニティーである。おそらくこれが、鳩山首相演説(というか松井孝治参院議員?もとい小渕恵三元首相??)でいう新しい公共にあたる。


 以上のような事を煽ったり入れ知恵をする役割も必要になってくる。流行?の社会起業家というよりも「社会コンサルタント」とでも言おうか。
 当面は無償。食えるようになったら専業が出てくるかもしれないが、そもそもこの職務は無償でやるものだと定着するかもしれない。以前はそうだったのだから。

 すでに、一つの専業に金を払って頼むより、複数からなる無償の知恵を結合したほうが、面白いモノができることに気づいている人間は多い。数十年のうちに、社会~だけでなく、大企業向けや会計などの専門を除いて、経営コンサルタントすら成り立たなくなるのではないだろうか。
 私設・自称のコンサルタントがそこいらに転がっていれば、公的に認められたコンサルタントに助けを求めなくても良くなるだろう。この公設のコンサルタントというのが、公務員である。

 そろそろ、公務員の負担を減らす方向を考えてもいいのではないだろうか。
 家庭のしつけまで押し付けられる公立校教師などは、幾らなんでも辛すぎる。

 特に高給が叫ばれる地方公務員など、目に見えて仕事がなければ、オマエ減給受け入れるかやめろ!といって、議員や市長が断われない状況に追い込んでやればよい。

 こういう話が出来るから、議員や公務員になってなくてよかった。

 真摯に取り組んでいる、全ての公務員(議員を含む)各位にお礼申し上げる。


【参考リンク】
 ◎ 自助、共助・・・ 虹のかけ橋~人と人、人と地球をつなぐ~
 共生と共助しかない…四五十屋半兵衛備忘録
 共助の心を育てねば…南雲研究室

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