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学力低下というより学意低下。そもそも必要な学力って何?

 前々から言っているのだが、大学生が増えすぎている。絶対数でも10数年前から10万人増、進学率で言えば3割強から5割弱に上がったというのでは、その質が薄まって当然だ。学力低下と騒がれているが、各学年トップの1割(11~12万人)ぐらいで見ると、あんまり変わってないだろう。情報技術への接し方のうまさや、単純に経済拡大やインフレ基調を礼賛しない態度を見ていると、今の大学生のほうが賢いと思わされるケースが多い。

 私が良く拝見している「株式日記と経済展望」で、関連した記事を見かけた。
 その題名は『推薦入試には原則、学力試験がない。学力検査なしで進学できるため、中学生(本文中には高校生、大学生も含む)の学力低下につながった。学力低下の原因は推薦入試にある。』とあったが、8割以上正しいだろう。残りの2割は、受験勉強の悪影響なく頭の柔らかさが保たれて、むしろ良かった例だ。
 受験勉強の悪影響を受けなかったという点では、突出した理系の才能や芸能関係の大卒者(中退者)に少なくない。内部進学にもこの傾向がみられる。(幼稚舎からずっと慶応義塾の桜井翔君などもそうかと。それ以前に、父親が総務官僚と言う時点で、マスコミでは無敵なんだろうけど…)

 いずれにせよ、昭和以来の心情的学歴社会が、若者を苦しめている。
 高校や大学に行かなくてもいい人まで、親に高い学費を払わせてまで3年間、4年間を無駄にしている。その状態こそが、「学力低下」と叫ばれてしまう原因だ。

 根本の話になる。
 何で大学に入ったんや?の所だ。

 ついに日本の大学進学率が5割に届こうとするこの時勢、「何で大学に入ったんや?」の質問に答えられる学生はそんなにいない。

 「まだわからないけど、今後の確変を期待してます」とか言ってくれると潔いし、18歳当時の私のように「学歴コンプレックスを持ちたくなく、大卒以上でないと発言力を得られない空間が多すぎるのでやむを得ず」などというのも正直でよい。
 が、単に「親に行けって言われたから」「周りも行ってるから」は本気でやめて欲しい。ハッタリでもいいから何か言ってくれ。金がなくて大学に行けない同世代に失礼だろう!

 …仕方がない。消極的理由が多いのは、大卒資格に対する利益というより、大卒以外の不利益が大きく見積もられるからだ。一般企業の大半は大卒のほうが給与が高い。それも、職務遂行に大卒の知識がなくともである。

 これまでの私の仕事だってそうだ。考える、学び取る頭を鍛えておけば、必要なことは社会にでてからでも覚えられる。初めて正社員になってから10年を超えたが、連立二次方程式を使ったのが2度ほどで、これは中学の範囲だ。英語の文献だって中学英語さえできていれば、あとはネット翻訳を使えばいい。

 誰しもが、高校以上の学力を必要とはしない実情は、働いている多くの人が気づいているはずだ。

 暴論を言えば、ここで発想を転換して、頭のいい中卒高卒を大卒との給与格差がつけられるうちにうまく雇った企業が勝ち抜ける可能性がある。もちろん賢い彼らは一定の貯蓄を得られたら、大学に入ったり別の道に進むかもしれない。それもよし。

 実際はそういう会社は稀だ。そもそも、15歳あたりでの他の進路選択肢が見えづらい。まず中学に就職担当がいないうえ、需要規模の関係もあるが、中卒向け定職探しサイトというのもあまりみられない。
 それでしぶしぶ高校を卒業して就職となると、いまだに進路部が指定した一社とのみしか採用試験を受けられなかったりする。進学するにしても学部選びなども重要だが、受験指導はあってもキャリア相談の類はほとんどない。真剣に将来を語る場は、18の頃の私のように校外に出ない限りは見つかりづらい。弁護士医師などの高学歴必須の職業を目指さない以上、目的のわからない学問に身が入らないのは当然だ。
 で、公立高校生の私もしょっちゅう居眠りをしては、悪友から突かれていた。十数年たった今もこの状況は残っているのではないだろうか。

 だから、カタリバやわかもの科のように、大学生など少し年上の若者たちが、高校生の相談聞き手役をする企画が非常に評判を得ている。

 学位低下と叫ぶ前に、学問が必要だと思わない若者が学ぶはずがない。
 これでは戦意…いや、学意低下だ。

 後半は、時代背景とか今後についても触れる。

参考リンク:真面目と真剣…思想・哲学の実学応用の航海

すみません。今回はマジ長いです!!!
ここで止めて、後になって後半を読みたい方は下記URLを↓
http://kondai.txt-nifty.com/kakitsuke/2010/02/post-7a3f.html#kohan

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 先ほどの「株式日記と経済展望」を引用してみる

今の高校、大学はベビーブームの頃のまま残っており、底辺の高校、大学は生徒集めに苦労している。早稲田大学でも苦労しているらしい。最近では試験を受けずに入学できる推薦入試で入ってくる学生が増えて、23万人が学力検査無しで入学しているそうです。だから中学レベルの数学が出来ない大学生も出てくる。

このようになってしまったのは詰め込み教育の反動であり、マスコミはこれを批判して文部省が「ゆとり教育」を実施した。父兄たちが望んだわけではない。せっかく高い学費を払って大学を出させても学力が中学生並では父兄たちも怒るだろう。生徒本人にとっても不幸であり、大学出ても派遣やフリーターにしかなれない能力では大学出た意味がない。

 前半は大賛成である。高校大学の数がそのままだからおかしい。その維持のために推薦枠や内部進学枠を広げ、親に財力のある子弟をとりあえずかき集める最悪の状況だ。いくら向学心があっても、親の収入が選べない苦学生に失礼だろう。
 もう、団塊世代各位の給与を確保する必要性はなくなったわけだから、ハコモノ公共投資的に立てた大学はさっさと潰してしまい、昭和60年当時の定員数(40万人ぐらい)まで戻すといいだろう。

 が、後半は?がつく。学力低下は、詰め込みゆとりの違いに関わらず、進学系教育に意味を感じなくなった、若者の合理的なサボタージュによるものかと思われる。「ゆとり教育」の意図とは裏腹に、大学の定員が増え続け『どうせ大学には入れるから』と、より拍車がかかってしまったのではないか。

 十数年前なら、大学に入って安定企業にさえ入っておれば、一定の担保が得られた。だから学問の意味など考えなくても、その過程である高校進学科の授業を苦もなく受けられた。だが、それは製造業中心の加工貿易でもうけていた昭和の話だ。ここまでが、親の世代が形作っている「心情的学歴社会」である。 

 今では、上記の安定コースが大して幸せではないとの認識が広まっている。
 中途半端に入ってきた米国型企業統治のおかげで手続きや会議が増えるのに、一方的に給料が減らされる大企業の管理職。確定申告するほどの高収入ながら休みがほとんどなく、結局子どもの離反やうつや自殺に追い込まれるコンサルタント。根本的なデフレで実質負担が減らないローン地獄に追われる人々、そして、住居費以上に高い教育費に追われる安定企業のエリートたち…。

 昭和の拡大主義価値観を否定する実情が、マスコミやネットさまざまな所から入ってくる。だったら、モノや地位が邪魔であり面倒だと考える若者たち(≒さとり世代)が、その準備段階である高校や中学以上の勉強なんて無駄だと思うのは当然だ。生きるための学問の意味や学ぶ方法を教わってなければ、その傾向は強まる。

 学ぶ意味を考える余裕。これが「ゆとり教育」の真髄だと私は解釈している。
 単なる受験勉強で得られるものは、目的ある学びのそれに遠く及ばない。まさにミスターゆとり教育・寺脇研氏ご自身に聞いた内容を思い出して書いているが、「何になりたいか」をまず聞いて相談に乗った高校では、学力が高まっているという。例えば、ネイリストになりたければ、化学は必要だぞ、とか。
 先述のキャリア相談だ。その答えに専門学校や就職といった選択があってよいのだが、下手に推薦でも大学に入れる実情が出来た結果、高校までに基礎学力をつけていない者までが大学生になってしまった…。

 これらの状況には、国公私立の区別はない。対応しているかしてないだけの差だ。滋賀県立野洲高校サッカー部なども、答えを指示するのではなく、プレイヤーそれぞれがどう動くかを考えるサッカーで全国制覇を成し遂げており、よい一例だ。→参考:拙ブログ記事

 若者は明文化できなくとも、上の世代よりは未来予測がうまい。

 わが国は、製造業というよりも、宇宙・環境・食糧生産技術や鍛錬を続けている加工技術、デフレ下の経済運用術や各種コンテンツなど、情報の提供で多くの外貨を稼ぐ日が近い。ITやロボットなどによる無人化により、さらに処理や単純労働が減り、職人か統合・調整者か創造家といった構成になっていくだろう。

 そういった未来に対応するには、若い頭脳に突飛な発想が沸き立つ余裕が必要だ。一時の学力低下は覚悟の上で、必須とする指導量を減らし、将来の目的を考えたりする時間に回す考え方は十分にありだったと思う。

  今のところ、ゆとり教育は詰め込み教育の残骸と共倒れする感があるが、この渦中で考えた若者(1987~1997年度生まれ)の柔軟な思考力は、おそらく将来に役立つだろう。もっとも、単純に学力低下を叫ぶ先輩方は、そのころには鬼籍に入っているかもしれないが…いや失礼

参考:  学力低下問題…酔うぞの遠めがね
 「ゆとり世代」の学力は本当に低下してるの? 教育者の方々に尋ねてみました…Livedoorニュース

追伸:

 恐縮ながら、中学までの学力崩壊その他には触れていない為、そのあたりの課題を考慮すると内容にズレがでるのはお許しいただきたい。
 個人的には、公立小学校5~6年と中学校を一貫制にした上で地域ごとの学区制に改め(自治体単一学区制だと東京都品川区の例)、問題生徒対策の一つにするとすればいいと思っている。その昔、暴力その他は表向きの否定ではなく、見える隔離によって拡散を防いでいたのだから。(もちろん、その隔離から戻るルートも必須)明治初期以前のようなオルタナティブな教育手段が確立していない以上、短期的にはそれぐらいの策が必要だと思う。このあたりは気が向いたら、別で書くつもりだ。

 以上は若者を弁護する内容であるが、ゆとり世代以下の若い方々へ苦言。
 簡単に「上から目線で言うな」と言わないほうがいい。やりすぎると、気を使いながらもいい事を言ってくれる人が離れていき、聞き手の感情が気にならないうるさいだけの年長者が残るだろう。歳の早い段階で、叱ってくれる人を減らすとは、もったいなーい。

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コメント

こんばんは^^
私は、62歳のオッサンです。

今更と思いながら何か自分らしい一言はない物かと考え、ふと思いついた言葉で「学意」で検索したところ貴殿に辿りついた次第です。

「意」は、中国の論語等、特に大学には良く出てきます。私は、これを「ココロバセ」と解釈しています。いろんな意味があろうかと思いますが貴殿ならば「学意低下」「学意向上」以外に何かいい四字時句語をお教えいただけないかとお便りいたしました。 宜しければ何か思いつかれる言葉がありましたらお知らせいただければ幸いです。


投稿: keiti | 2011/06/13 22:53

keitiさん>
コメントありがとうございます。

自作の四字熟語?を増やすとすれば、心馳せからの連想で、「好思避慮」といった所でしょうか。

わが国における戦後の経済成長は、社会の大枠を配慮しなくとも、ほぼ豊かになれた特異な時代です。

その記憶がまだ残っている中への「ゆとり教育」。
彼らは思うことは自由でも、経済成長期の大枠にとらわれない対策、20年後も苦労しないための準備への考慮を堂々と行うのはなかなか難しいのではないかと。30代の私を含めた先輩とのに対立を避けるべく、将来への本来の意味での「遠慮」が出来ないでいるような。

ちゃんと暖まったら、また記事にしてみます。

投稿: こんだい=筆者 | 2011/06/15 22:54

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