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2020年、近世以来の小規模コミュニティ重視社会が終わった後は…

 なるほど・・・
 コミュニティが要らない人が増えたんだ。

 近世以来500年続いた小規模経営体重視の社会が終わりつつある。
 つい近日まで「小規模コミュニティ」の回復が重要と思っていた私も、もう止められ難い流れだと納得した。

 無縁社会が拡大する原因としての“近世”の終焉 …江戸をよむ東京をあるく 小林信也氏

 ここでは、この500年は「小経営」を基本とした体制だったと述べている。

 歴史と情報産業の両方に詳しい人なら、説明がはやいのだが、この10年で、さまざまなセキュリティルールなり、会計などの基準なりのコンプライアンス重視、というより義務付けが進んでいる。

 小規模経営体重視の近世~20世紀であれば、それぞれの集団の長や準ずる人材の良心や人知をもって、運用していればよかった。昭和の会社なら、社長は役員を、役員は部長を、部長は課長を、あるいは取引先や子会社を、そしてそれぞれのサラリーマンは家族を信用して働いていればよかった。
 それが、流通(当然、ITを含む)や交通の発達で、大規模経営体による個人への直接関与が便利とわかると、集団ではなく各構成員の行動自体を制度で縛る傾向が強まった。

 さらに、セキュリティ基準にせよ会計制度にせよ大規模な流通システムにせよ、その専門部署を持てない規模の企業は、お金を出して外部委託するか「基準には合わせない」リスクを背負わねばならない。それが面倒なら、大企業の傘下になるのが手っ取り早い。

 結果、小規模経営体の消滅、ひいては小規模コミュニティの消滅といったスパイラルが、どの業界でも起きているのがわかる。

 商店街は、世界規模のPOSで管理されたイオンやセブンイレブンに、
 町の電気屋は、規模を武器にした価格決定権を持つヤマダ電機に、
 自作農は大規模農業経営者に耕地を集約され、
 町工場は、受注元や親会社の生産拠点集約やアジア移転で閉鎖。
 金融機関も地方自治体も、そのうち重厚長大産業も合併合併合併。
(じっさい、あの経済産業省も巨大製造企業の合併を検討していると聞く。)

 規模の利益追求と基準の共通化が同時に進む反面、小経営体やコミュニティは次々となくなってゆく。
 そのほうが便利と思って追随してきた消費者の多くが、差し引きの関係に気づかずに来たのがこの20年ほどの構図だろう。

 給料上昇の低迷→大規模チェーン店の安売りやファストファッションに頼る→地元個人商店の売り上げ激減→職住一致者を軸とした小規模コミュニティの消滅


 この先は、古い中世の宗教や王権がそうであったように、覇権によるルール=コンプライアンスでの縛りがあるのみで、結果として個人のサバイバルが求められるのか、

 または「新しい中世」のように、貧富や職能で所属や身分が固定されながらも、相互依存を認めた結果、古い中世はおろか近世~近現代のような不安が少ない状況を生み出すのか。

 あるいは、「新しい公共」的に、個人対個人、個人対大経営体への構造変化を容認しつつ、調整や相互救済の必要時においては、システム化された集合体(経営体というよりは)を活用できるする世の中になっていくのか。

 後者であれば望ましいが、しばらくは難しいだろう。
 20代以下で流行っている「社会起業」というのも、気概は買いたいが、どういうわけか個々で始めようとしている感がある。孤独の不安より1人で行動する効率のほうが勝っているのだろうか。まさに『時には結束』でもあればいいのだが。

 私自身、色々な出方を考え始めている。

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