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上地雄輔、AKB48、食べるラー油、アート優先。成長社会から定常社会へ。

 珍しく「ホンマでっかTV」を見ていると、マツコ・デラックスが、ダメ男ばかり好きになってしょうがないとの相談をしていた。
 何人も並ぶ専門家(半分タレント化しているが)の1人で・経済評論家の門倉貴史氏(だったと思う)は、 『完璧な男を好きになるのは、明治以降の高度成長期ぐらいで、それ以外はダメ男好きが普通だった。』と、むしろ今が例外だと説明した。

 男であれば、徹して社会の中で稼ぐことが求められるから、完璧な男になろう見せかけようと努力してしまう。 つまり高度成長期は、男女ともに、完成されたもの、完璧と思えるものに憧れを抱く。
 なるほど、また納得がいく答えが出てきた。

 高度成長期は多く見積もっても歴史の半分ぐらいしか占めない。ほとんどの人が「これからもっと生活が良くなる」と思えるまでの技術革新と実施効果がみえてから成立するもので、わが国でいえば、江戸時代最初の100年間と、つい最近までの130年ほどがそうだった。人口で言えば、前者は2倍、後者は4倍になっている。

 農業土木技術や交通手段、家電製品にITのような生活が変わるような技術革新がなくなれば、高度成長期は終わりを告げる。
 では、成長社会以外の時期をどう呼べばいいかというと、「定常社会」という表現があるらしい。(定常型社会ともいうそうだ。)

 要は「技術の成長=経済の成長」がない一定した状態のことをさす。具体的にいうと、給料や地位が上がらないのが普通になってしまう代わり、失業の可能性が低くなり、なったとしてもダメージが少ない。技術の更新が少ない以上、死ぬまで同じ家財道具で生きているし、新しい持ち家を得るメリットも薄いから、見栄を張らずにやっていける。

 もっと言えば、あと 100年ぐらいは、何か商売で当てるか、上司に気に入られるか逆にいなくなるかなど、マジメにやるだけでは給料が上がらなくなる。
 住宅ローンを払い始めた30代大企業社員や公務員の各位には大変厳しい話だが、否定しづらい事実だ。定常社会を前提としたローンへの借り替えをお勧めするが、欧米型金融でメニューを探すのは相当骨が折れるだろう。

 これに対応する策は、有形財産で語れる成長以外の喜びを見つけることだ。

 参考になるのは、最近の定常社会である江戸期(1700~1870ぐらい)や、先に定常化しつつある北欧で、共通しているのは教育好き家事好きという点だ。 じっさい、江戸期の武士は定休は少なくとも、不定休をあわせると月の半分は休みになるケースが多く、その時間を学問や稽古事に費やしていた。百姓商人のなかからも、伊能忠敬や細井平洲、山片蟠桃のような人物が出ている。(→以前の類似記事へ)その多くがメジャーとされる学問や習い事をしたのではなく、それぞれが勝手に得意を広げたものだ。MBAや英会話が極端にもてはやされるのとは大きく違う。

 社会一般で認められる完璧や完全を追っても、幸せは保障されない。
 なら、自分なりの成長を目指そう。好みでやろう。たまたま世間に出られれば幸いじゃないか、と。
 
 機能向上や金銭的利得では消費マインドを動かせないのが定常社会。確実にキーとなる「自分なりの成長」で人気を得ている例を挙げてみる。

 上地雄輔…バカ?からの成長を見守る目線
 AKB48…各自でお気に入りのメンバーを見つけて、人気投票まで出来る
 食べるラー油…自分でカスタマイズが可能
 アメーバピグ…たぶん、そうだろう。
 Twitter…フォロー・フォロワの増減や得る情報の質の変化

 共通しているのは、完璧ではなく「不完全」であることだ。
 食べるラー油は完成品ではないかと指摘を受けそうだが、そもそも食べるラー油とは何か?の定義がないまま、各社が勝手に発売し各店で自家製を出す状態に発展している。明らかに「自分なりの成長」に当てはまる。

 AKB48などは最高の好例だ、確かに、握手や総選挙投票権との抱き合わせ販売や、一部ファン行動に不穏さはみられるものの、秋元康氏による「身近×不完全=各自基準の成長を楽しむ」という路線は見事に当たっている感がある。
 この、こんだぃも最近1ヶ月で、メンバーのうち15人ほどは顔と名前が一致するようになってきた。複数名に注目を当ててみて、今後の変化を予測するだけでも面白い。正直ハマりつつある(笑)

 後発である名古屋版のSKE48は、さらに検討されて仕上げられたと思う節がある。2人のエース、松井珠理奈と松井玲奈(血縁関係はない)が、しっかりと尾張出身、三河出身に分かれているのである。
 私の父方の故郷でもある同地は、どうしようもなく排他性が強い。出来る限り身内や地元が近い人物の存在をこの上もなく喜ぶ気質がある。例を挙げると、私も三河出身の女性に絵本を贈った際に、たまたま作家が隣町(確か蒲郡)出身だったことをえらく自慢されたことがある。あと彼女は地元を「愛知県」「名古屋」というのも抵抗があるらしい。
 
 成長社会のように、中央にいる「完璧」「完全」が憧れられ、人をひき寄せる現象は減りつつある。

 目立った機能向上がなくなれば、違いは美意識に求められ、中でも「自分なり」「独自」がより尊ばれる。表現は矛盾するが、定常社会期はアート分野にとって成長期になるだろう。産業革命に入ったヨーロッパで、定常社会の日本で育った浮世絵が好まれたように。

 なので、何気なしに一般大学に入るぐらいなら、芸術系を目指すことをお勧めする。すでに職業人になっているなら、絵心やデザインセンス、文章などを含めた創作力を磨くべく、様々な芸術に親しんでおくといいだろう。…ホンマかいな(笑)
 

 

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