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孫たちが創る「持続可能社会」~『おじいちゃん、それ恥ずかしいよ』

 先日あった国連大学での地球サミット1年前イベント
 マエキタミヤコさんの”「転向」を喜ぶ気持ち”へシフトしようとの呼びかけが印象に残った。

 これを私なりに説明すると、大量消費・経済成長依存型の生活から、持続可能・自然優先型の生活への「転向」を示している。
 シフトの対象となる方の中心は、物心がついてからずっと成長期のままで中年を迎えた、50代から60代、1940~1950年代生まれの先輩にあたる。例外の時代を当然として過ごした世代だ。

 ”三つ子の魂百まで”の故事にもあるように、染み付いた習慣は変え難い。
 ましてや、敗戦後の消費バンザイ社会は、先輩方が自ら望んだものではないわけで、責任を追及できるわけでもない。

 ならば、どうやって生活スタイルなどを変えてもらうか。
 

 確実な手法?としては、大きく3つにわけられる。


  1. マスメディアを通じた宣伝(洗脳?)
  2. 法制度などによる強制
  3. 次世代からの働きかけ

 お気づきの方は多いと思うが、自分で生活のシフトを変えられる先輩方にこれらの手法を使うのは大変失礼である。むしろ、私を含めた若輩者が積極的に話しを聞きに行くべきだ。

 あくまで対象は…


  1. 知らず知らずのうちに、消費一本槍生活が身についた方々」
  2. 「昭和の経済成長における自分の貢献度を過大評価されている方々」

 のおおむね二種類である。

 1.の手法はA.に有効で、色々と批判が多い電通博報堂そのほかの広告マンの(ごく)一部にも、そういった動きが見られる。
 2.の手法はA.B.ともに有効だ。ただし、あくまで強制である以上、心から変えるわけではない。禁制を犯して、一人で燃費の悪すぎるアメ車とかに乗り郊外のゴルフ場に抜け出す方も後を絶たないだろう。むしろ、取締りのほうにコストがかかりすぎて、それこそ「持続可能」ではなくなるかもしれない。

 一番有効なのは3.だ。
 A.の各位なら、いっさい手荒なことをしなくても、「あ、昭和の戦後が例外だったんだ」と徐々に気がついてくれるだろう。

 問題は、B.への対処である。
 まあ、どうしようもない御仁が多い。

 ほとんどの勤め人は気づいているだろうが、社内の若手よりコンサルの意見に動かされる経営者など、五万いや五百万といる。では、若いコンサルが羽ばたけばいいかというと、そもそもコンサル自体が酷使されやすい業種であり、体力気力の余裕が残っている若手はどこまでいるかは疑問だ。
 
 コンサルよりも効果があるのが、娘あるいは「孫」だ。
 
 以前『おじいちゃん、お口くさい~!』と孫娘に言われ、船越英二(栄一郎の父)ふんするお爺ちゃんが、入れ歯洗いを見直して"ポリデント"を採用するといったCMがあった。まさにあの調子で、やればいい。

 タバコを道に捨てる祖父(父)を見て
 『おじいちゃん(おとうさん)、それ恥ずかしいよ~』

 買い占めたのに使わなくなった食材を捨てる祖母(母)を見て
 『おばあちゃん(ママ)、もったいない~』

 この際使ってならないのが『だったらお金ちょうだい』などのフレーズだ。
 いわゆる「公共の福祉」ですら、消費によって得られるものと染み付いているご年配は少なくない。事実、阪神大震災後の仮設住宅の訪問ボランティアをした際、何度もお金を渡そうとするご老人がいて、今はさらにその傾向が強いのではないだろうか。

 「遺産はいらないから、いい形で生きて、生きようよ」とすると、さらに説得力が増す。
 「消費一本槍社会を前提とした頑固な蓄財」つまり、熟年以上の世代で偏在する資産が、次世代に移動するだけでも、効果がある。
 仙台~一関間のホテルを除けば、観光需要激減にあえぐ東北旅行にでも連れて行き、散財を促すだけでもよい。

 とはいったものの、そこまで親とのコミュニケーションを取れる若者がそこまでいるのだろうか?

 今の大学生、私より一回りは離れた若者をみていると、「対立」を避けよう避けようとして、かえって内面的な対立をしているようにみえる。ゆとり教育の”負”の面かもしれないが、「それで普通」と言わんばかりの落ち着きさえみられる。したがって、40代以上のオッサンが好きそうな酒場での議論には始めから参加しない。(というか、私も相手はできても参加したくないことが多い・笑)
 
 若者が上の世代との対立を避けるのは、『話しを聞いてもらえない』ことが常態化しているからだと思う。

 極例であるが、50代半ばになる島田紳助師匠を思い出した。ある先輩芸人を馬鹿にしたとかで若い吉本社員を殴り、若手芸人「東京03」が挨拶に来なかっただけでブチ切れたなど、いずれも「目下の話しを聞く」姿勢が強い人であれば、避けられたトラブルである。
 もちろん、頭ごなしに叱ることも時には必要だが、対立慣れしていない平成生まれの若者にとって、劇薬過ぎる。

 島田紳助司会者の挨拶騒動を暗に批判したビートたけし師匠は、さらに以前、『俺達、産業廃棄物みてぇなもんだからな』と自嘲していた。

 どうか、本当に廃棄物扱いされる前に、せめてご自身の子やお孫さんの話を聴いてやってほしい。さすれば、あなた方の経験談のいい部分(だけ)を引き出しやすくもなる。
 すでに全ての祖父母を亡くした私からの切なる願いだ。

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